UMIT BENAN

彗星ように現れたウミット・ベナンの現在。 7 JUN. 2013

PHOTO HISAYUKI AMAE
TEXT MIYUKI YAJIMA

 ピッティ・イマージネ・ウオモの新人コンテスト「WHO IS ON NEXT? UOMO」に、イタリア未来派のアーティスト、フォルトゥナート・デペーロのような服で入賞して以来、飛ぶ鳥を落とす勢いで人生を闊歩してきたウミット・ベナン。先日、2年間務めたトラサルディのファッションコンサルタントを終えたばかり。髭も伸びて、目の奥に微かな諦念がかげるように見えた。「トラサルディでの2年間は素晴らしい体験でした。服作りはこれまでよりプロフェッショナルになったけど、情熱は減った」と抑揚のない調子で洩らす。「少し時間ができたのでジムに通って、公園を走り始めたよ」。薔薇の花が咲き始めた5月初旬、ミラノのディエチ・コルソ コモにほど近い、彼のアトリエを訪ねた。

UMIT BENAN
オフィスの棚には、しっかり整理された雑誌や写真集、ブランドブック、フィギュアなどが並ぶ。棚の上に置かれた7枚の写真はウミット・ベナン本人。髭の伸びる様子が記録されている。トップの写真はベナン。

ファッションには昔から関心を持っていたのですか。

ウミット・ベナン(以下 ベナン)  そうですね。父はイスタンブールでテキスタイルメーカーを経営していて、子供の頃、夏休みに手伝いをすることが義務づけられていました。父は技術的なことを教えようとしていたようでしたが、僕はその部分にあまり関心がありませんでした。朝、突然のように、ミラノに一緒に行きたいか? と言って、時々、僕たちをミラノに連れて行ってくれました。たくさんの店を回りながら服の試着をさせてくれて、生地のことや裏地の作り、手縫いの部分の縫製、パターンなどについて、その都度、一つ一つ丁寧に説明してくれました。父が僕にファッションの世界の基礎を教えてくれたのです。兄はファッションについて学んでいませんが、父の影響で服の作りは詳しいです。ファッションのビジョンを探るのは自分自身にしかできませんが、兄も常に僕の活動を親身になって見守ってくれています。

贅沢に育てられたのですね。

ベナン  幼いときから不自由せずに育てられましたし、贅沢なものが何か十分に教えられたと思います。

その割に、いわゆるブルジョワジーのような雰囲気がしませんね。特にこれまでのランウェーショーを見ると、ストリートやアンダーグラウンドへの関心を感じることができます。

ベナン  ニューヨークに行くまでは、今の在りかたとまったく異なっていました。ニューヨークが僕を変えてくれたのです。それまでは、自分で努力せずに家族が生活を支援してくれていました。今、ブルジョワのような考えかたの人と友達になるのは難しいです。結局、ブルジョワジーの暮らしというのは規則に縛られていますから。自分を解放すること、つまり自由になることのほうを大切に思っているのです。僕のコレクションは、そういう自然に湧き出てくるもの、自分の暮らしそのものなのです。頭を振り絞って考えた結果ではありません。自然で健全なエネルギーを感じさせるものなのです。洋服はミラノの上質な仕立てを大切にしているけど、コレクションの発表方法はニューヨークを思わせるナチュラルなアンダーグランド風。この2つの結びつきは、自分自身を物語っています。

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左の写真はウミット・ベナンが愛用するマグカップ。右は額装されたルック写真。中央は2011-'12秋冬シーズンのもの。

自分の性格をどう思いますか。

ベナン  できることと、できないことをしっかり把握しているつもりです。仕事は、特に一つ一つ可能な限り正確を期すことが大切だと思っています。興味のないことには見向きもしないし、試すこともしません。地球上に生きている人はそれぞれの個性を全員持っているはずです。特別な部分を、どの人も持っているはずなのです。自分のどの部分が特別なのか僕たちは知らなくてはいけないと思います。にもかかわらず、残念なことにそれを知ろうと努力する人は少ないのです。
僕が何者なのか教えてくれたのはニューヨークでした。この街には規則や差別もないし、比較されることもありません。何を着るか、何をするのか、誰にもとやかく言われない街なのです。全員が外国人のようなものですから。その場所に足を踏み入れたとたん自分の家のように感じました。そこでは、自分のエネルギーを確認することができます。でも、僕にとってもっとも大切な街は、イスタンブールです。だからこそ、のんびりと過ごすための街として大切に取っておきたい。イスタンブールからの仕事の依頼は少なくないのですが、受けないようにしています。

あなたにも、ランウェーショーの舞台に立つ友達やモデルにもタトゥが目立ちますね。

ベナン  タトゥは14歳のときに初めて入れました。それ以来、何か心に引っかかることがあると、すぐにそれをタトゥとして身体に入れることが習慣になっています。この指に書かれているのは、僕と家族の名前の頭文字です。タトゥを入れてもらいながら喋るので、刺青師やそこにやってくる人たちと仲良くなりました。そういう友人たちにモデルを引き受けてもらうので、結果としてタトゥを入れた人たちが目立って多いんだと思います。アンダーグラウンドを好む人たちや、規則に囚われない人たちとは、友達になりやすいんです。僕の作るコレクションの世界は個人的な世界そのものです。そのエネルギーは、モデルを引き受けてくれる従兄弟や友達、家族にも伝わってさらにいい雰囲気になります。自分たちが楽しいと思えれば、見る側にもそれが伝わっていくのでしょう。

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左の写真は、ウミット・ベナンの手。人差し指には、自身と家族の名前の頭文字が刻まれている。右上は、オフィスの窓の上に飾られているトルコ人のポートレート。右下は、ベナンが使っている文房具の数々。

コレクションの発表を常に舞台のように演出されていますね。

ベナン  モデルにジャケットを着せて、ただ歩かせることにはまったく興味がありません。僕が好きなのは映画のような舞台を作ること。服はその付属物でしかないのです。15分間の人生ドラマを作るというようにして、コレクションを考え始めます。とりあえず服を作るやりかたはしません。ファッションそのものへの関心は薄いといってもいいのかもしれませんね。

どのような過程でコレクションを作っていくのでしょうか。

ベナン  まず、場面について言葉で考えて5〜6ページぐらい書き溜めておきます。そのあと、舞台について具体的に考えます。その舞台に立つのはどういう人物で、どこにいて、何をしていて、何をしてはいけないのか。設定した人物像に当てはまる人を具体的に決めてから最後に服のデザインを考えるのです。途中、僕をよく分かっている兄と話をしながらアイディアを具体化していきます。テクニカルな部分についても、周りの友人たちに意見を聞きながら考えをまとめていきます。頭の中には常に12シーズン分ぐらいのアイディアがあります。つまり、2020年ぐらいまで用意ができているということですね。次に発表するコレクションは、5年前に書いたものになります。色、テキスタイル、フォルム、モデル、情景の描写など、あらゆることがすべてしっかり書いてあって、新しいビジョンを作ったと思います。

5年前に考えたコレクションを今発表すると、当時のアイディアが古くなることはないのでしょうか。

ベナン  古くはなりません。ファッションへの関心やアプローチが、他人と特に違うのだと思います。システムとかルーティンというのは、僕には堪え難い。毎日、同じカフェに行って同じメニューの朝食を食べるという生活は堪え難いのです。でも、今のミラノは僕にとってはそういう状況にあります。僕はここで仕事をしているけど、実際に生活しているようには感じられません。すべてルーティンなのです。ストリートスタイルもルーティンになってしまいました。ドルチェ&ガッバーナが、シチリアから80人もの一般の人たちを連れてきてファンタスティックなショーを実現した今となっては、このようなテーマを繰り返すことはもちろんできません。

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2012-'13秋冬シーズンのテーマは「MILITARY」。さまざまな国籍の男たちが一兵士として雑居する兵舎の中をイメージ。2013春夏シーズンのテーマは「I ONCE LOVED A WOMAN WHO LOVES MENSWEAR」。女性をモデルに起用し、女性が意識する男性服として作られている。2013-'14秋冬シーズンのテーマは「ART BY NIGHT」。深夜に見せる大都市の闇の表情を作品に落とし込んでいる。

次の6月のメンズコレクションのランウェーショーは、どういうものになるのでしょうか。

ベナン  誰にも見当のつかない特別な内容です。今はトラサルディの仕事が終わり、今後についてゆっくり考える時間があるので、自分を分析して新しいビジョンを作りました。予算の都合もあるので100パーセント完璧に実現できたとは言えませんが、創造する自由を選びました。

活動の場を変える可能性もあるのでしょうか。

ベナン  自分が生きていると感じることができたのは、ニューヨークでした。ミラノでは仕事をするだけです。でも、ミラノとは繋がっている。パリに行くことを考えないわけでもないのですが、父はミラノに頻繁に僕たちを連れていってくれたのに、パリには一度も連れて行くことはありませんでした。その意味も考えているところです。

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ウミット・ベナン
1980年ドイツ・シュトゥットガルト生れ。トルコ人の両親を持ち、2歳でイスタンブールへ移り15歳まで過ごす。学校に通いながら、家業のテキスタイル会社で働き、ファッションに関することを父から教わる。スイスの高校を卒業後、渡米。ボストン大学でビジネスの学位を取得し、ファッションデザイナーになることを決意。ミラノのインスティテュート・ マランゴーニを経て、ロンドンのセント・マーティンズ美術大学でファッションを学ぶ。2004年、再びアメリカに渡り、パーソンズ・スクール・オブ・デザインでパターンメーキングを学んだ後、'09年にミラノで自身のブランドを設立。'11年から'13年までトラサルディのファッションコンサルタントを担当。www.umitbenan.com


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