STEPHEN JONES

帽子のないファッション? 想像もできないね。 24 MAY. 2013

PHOTO NORIFUMI FUKUDA(B.P.B.)
TEXT MARIKO NISHITANI

 かつてジョン・ガリアーノをして「彼の帽子が無いランウェーショーなど考えられない」と言わしめた英国の世界的な帽子デザイナー、スティーブン・ジョーンズが、数年ぶりに、メード・イン・ジャパンの帽子を作ることになった。ビジネスでタッグを組むのは、1896年創業のファッショングッズの老舗、オーロラ。スタイリッシュなだけでなく、かぶりやすく、価格も抑えられた製品は、今年の秋冬シーズンから全国の主要百貨店の売場にお目見えする。英国大使館でのコレクションの発表を機に来日したスティーブン・ジョーンズとの一問一答。

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ライセンスコレクションの発表はイギリス大使館を使って行われた。アイテムは、レディスのソフト帽やベレー帽、ニット帽、キャスケットなどバリエーションが豊富。オリジナリティ溢れる28型がそろう。

スティーブン・ジョーンズさんは、1970年代のパンクやストリートファッションが真っただ中のロンドンにリバプールから上京してきて、セント・マーティンズ美術大学に入学しますが、その辺りから話を聞かせてください。

スティーブン・ジョーンズ(以下 ジョーンズ)  リバプール出身の僕にとって、ロンドンというのは世界の中心だった。当時、リバプールの人口の約40パーセントが失業者。ロンドンは、リバプールに比べたら経済も動いているし、ファッションも音楽もある。そしてロンドンの中心がピカデリーサーカスだと思っていたんだ。それで学校を選ぶ時にも、ピカデリーサーカスから一番近い学校を調べたらセント・マーティンズ美術大学だったので、そこにしたというわけ。彫刻、ペインティング、グラフィック、そしてファッションの4つのコースがあって、僕はファッションを選んだ。

どんな学生だったんですか?

ジョーンズ  美術の授業ではいつもクラスのトップだったけど、イギリス中からトップの学生が集まるセント・マーティンズ美術大学では、僕よりもっとうまい人がたくさんいて、そこに音楽シーンに関わっていたいろいろな友だちができてくると、成績なんかどうでもよくなってきて、それぞれが成績では測れない違った個性を持っていることが素晴らしいと思うようになってきたんだ。

音楽シーンというのはどんな状況だったんですか?

ジョーンズ  パンクだね! ぼくがロンドンに来たのは1976年の9月だったんだけど、まさにこれはパンクが誕生した時なんだ。

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写真は、今年の3月に発売された、スティーブン・ジョーンズがゲストキュレーターを務めた『Aマガジン』。左ページの写真は、1985年に撮影された貴重な一枚。左からスティーブン・ジョーンズ、アクセサリーデザイナーのパトリック・コックス、アーティストのキース・ヘリング、ミュージシャンのボーイ・ジョージ。

マルコム・マクラーレンやヴィヴィアン・ウエストウッド、セックス・ピストルズなどの活動は、その前から知っていましたか?

ジョーンズ  もちろん! 彼らはファッションシーンから遥かに遠いところにいた。『ヴォーグ』や『ハーパース・バザー』は、当時、ヴィヴィアンのことをファッションとは思ってなかったんだよ。ファッションというのは、クリスチャン・ディオールやオスカー・デ・ラ・レンタだと思っていたからね。

そういうあなたが、今やこんな風に活躍されていることが素晴らしいですね。エレガンスを追求する帽子デザイナーはたくさんいますが、パンクからスタートして、アバンギャルドもエレガンスもこなすジョーンズさんの幅の広さはとても魅力的です。

ジョーンズ  すごく重要なことだと僕自身思っているよ。今でも僕のルーツはパンクなんだ。

当時、美しいというのはどういうことだと思っていましたか?

ジョーンズ  僕にとっては、ストレンジであることが一番重要だった。何しろパンクだからね。でも、ニーナ・シモンとかビリー・ホリデイとかの昔の音楽を聴き始めたりしたのもその頃なんだ。パンクはすべてを破壊したけど、その代わりにオーセンティックなものとは何かを当時の僕たちは探し始めたんだね。今、ニーナ・シモンのレコードが欲しいと思ったら、インターネットで20秒で見つけてダウンロードすることができるけど、当時はあちこちのレコードショップを回って5時間かけて探さないと見つからなかったんだよ。帝政ロシアの貴族の写真が見たければ図書館に行って一日中探したものだった。そうやってリサーチすることが、オーセンティックを理解することだと思っていた。なぜなら'70年代、他には何も面白いものが無かったし、ヴィヴィアンがもうパンクのベースを作ってしまっていたので、同じことをやっても面白くない。それで僕はオーセンティックなものに目を向け始めたんだ。

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スティーブン・ジョーンズのシグネチャーラインのアーカイブ。01 ユニオンジャックが帽子を包み込む2009春夏シーズンの「ANNAP」。02 造花でデコレーションされた'05春夏シーズンの「R.H.S.」。03 人形をモヒカン風に使った'03-'04秋冬シーズンの「MYRA」は、パンクスの友人マイラのためにデザイン。04 生地をパッチワークした'09-'10秋冬シーズンの「PATCHWORK TOP HAT」。05 つばの裏の地図が印象的な'08-'09秋冬シーズンの「TAXI」。06 英国の形のパネルを配した'02春夏シーズンの「BLIGHTY」。

特に関心があるのはどの時代ですか?

ジョーンズ  子どもの頃、歴史は苦手科目だったんだけど、今は逆に興味がわいているんだ。ファッションで言うと、一番好きな時代は、'30年代から'40年代にかけて。戦争にはさまれた時代で、ものがなかったので、自分たちで服を作らなければならなかったけれど、すごく魅力的な時代なんだ。

ファッション史では、クラシックに戻ったと言われている時代ですね。でも、アートに目を向けるとシュルレアリスムなどが出てきたりして、面白い時代ですね。

ジョーンズ  そうそう。イギリスでは政府から奨励されて、古いセーターを編み直して何かを作ったり、男性用のズボンをスカートに仕立て直したりといったことも行われていたんです。

日本でもそうですよ。着物をもんぺにしたり。

ジョーンズ  そう!? でもやっぱりパリの女性が断然そういうことはうまいね。パリの女性は、戦争中なのにわざと大きなターバンを巻いて、ドイツ人に対抗してフランス人であることをアピールしたらしいよ。大変な時代なのに、服装で自分を目立たせたい、表現したいという欲求は健在だったんだね。

そういう風に、歴史の中に潜り込んでいくことで、ジョーンズさんの美意識が磨かれていったんですね。ところで、帽子を作り始めたきっかけは?

ジョーンズ  昔から形のあるものを作るのが好きだったんです。プラモデルの飛行機とか、段ボールで家を作ったりとか。機械仕掛けの変なものも作ったな。ベッドルームにコードを張り巡らせて、ベッドサイドの箱を押すとカーテンが開くようにしたりとか。なんと7歳のときです! とにかくもの作りが好きだったんだけど、ドレスメーキングというのは、僕には大き過ぎて、布もたくさん必要だし、柔らかすぎるのが性に合わないのね。もっとオブジェのようなもののほうがいいと思って行き着いたのが帽子。

初めの頃はどんな帽子を作りましたか?

ジョーンズ  やっぱりちょっと変わったものでしたね。お金が無かったので、オクスファムというチャリティショップで古いフェルト帽を買ってリメークしました。そうそう、この間、僕は武蔵野美術大学で講義をしたんですよ。そこで、初心を思い出しながら、いかに自分らしさを発見するかを話したんだけど、その話を少ししてもいいですか。

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リクエストに答えて、初期の作品のイラストを描くスティーブン・ジョーンズ。

ぜひ聞かせてください。自分を発見するのって難しそうですね。

ジョーンズ  そう。誰もがそう言っていました。日本人にそういうことを教えるのは無理だってね。全然そんなことは無かったよ。講義のテーマは、「自分自身の内側を外に出そう」というもの。クリエーティビティというのは、いい部分だけでなく、ネガティブなものから生まれることもあるし、逆に具合の悪いときに、自分のクリエーティビティが薬になることもある。そんなことを伝えながら、一緒にものを作ったんだけど、すごく面白かったよ。

日本は、失敗してはいけないという教育を受けているので、こんなことを言うと恥ずかしいとか、自制してしまうのですが、きっと学生たちは、ジョーンズさんの授業を受けて、そうじゃないことに気づいたのではないでしょうか。

ジョーンズ  ある女子生徒はお母さんとうまく行ってなくて、そんなことを今まで誰にも話したことがなかったのに、僕の前で思わず話してしまったというんです。その彼女の作品は素晴らしかった。

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英国大使館でのレセプションでは、スティーブン・ジョーンズの好きなホワイトローズが会場を彩った。

ボーイ・ジョージやマドンナの仕事をするかと思うと、'80年代半ばからは、コム デ ギャルソン、ジョン・ガリアーノ、ディオール、A.F.ヴァンデヴォースト、最近ではジャイルズやアクネまで、幅広くコレクションにも関わっていらっしゃいますね。2009年のロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館での展覧会、'11年のアントワープのモード美術館での回顧展を見ても、ストリートとエレガンス、過激なものとオーソドックスなものとの両方を押さえていらっしゃることがよく分かります。そういう輝かしいキャリアのあるジョーンズさんが、今回このようなライセンスの仕事を引き受けた経緯を聞かせてください。

ジョーンズ  実はオーロラの人たちは昔から伊勢丹を通して仕事をしてきたので、よく知ってるんですよ。今回、伊勢丹新宿店がリニューアルして帽子売場も広げるというので、再びお話をもらったんです。それが、偶然なんだけど、僕のほうでも、また日本でライセンスを始めたいなあと、ふと思っていたのでびっくりしました。

でも、これだけいろいろなものを作ってきたジョーンズさんにとって、アバンギャルドとかエキセントリックとかではない、売れるものを求められるライセンスという仕事を始めるということは、どういうメリットがあるのでしょうか。

ジョーンズ  それは、この仕事がまさに、今のファッションだからです。1980年代はすべてがクレージーだった。でも今やファッションはもっと理解可能なものになっています。朝起きて、今日は緑の帽子をかぶって仕事に行きたいな、という要望に応えたいと思ったんです。それにオーロラで作ってもらう製品の中には、ロンドンのアトリエではできないものもあるんですよ。カシミアニットでティアラを編み込みにしたものとかね。日本人のスタイルやプロポーションを考えて色もデザインも考えていますから。そう、今回の仕事は、オーロラとのチームワークで生まれたものなのです。

今ファッションにおけるご自身の役割はどんなところにあると思いますか?

ジョーンズ  そうだね。サプライズかなあ。驚かすこと(笑)。

最後に、帽子はあなたにとってどういうものですか?

ジョーンズ  帽子のないファッション? やっぱり楽しくないよね。

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01 心地良い肌触りのアンゴラが全体を覆う鮮やかな色彩のクロシュ。¥9,000 02 過去にメインラインでも製作していたケーブルセーターのニット帽。¥11,000 03 ジョーンズがイギリスでは作れないと話す、銀糸でティアラを編み込んだカシミアのニット帽。¥10,000 04 ラインスーンが丁寧に施されたウールのキャップ。¥13,000 05 異素材を組み合わせたリボンのカチューシャ。¥6,000 06 可愛らしいSとJの文字に加えチェーンをあしらったベレー帽。¥19,000
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スティーブン・ジョーンズ
1957年リバプール生れ。セント・マーティンズ美術大学で婦人服を学ぶ。卒業後、'80年にロンドンにサロンを開き、ボーイ・ジョージ、マドンナ、ウェールズ公妃ダイアナなどを顧客に持つ。世界中のデザイナーともコラボレートし、特に、ジョン・ガリアーノ(ジョン ガリアーノ、ディオール共に)との数々の記念碑的な作品は有名。他には、コム デ ギャルソン、マーク・ジェイコブス、ダナ・キャラン、ヴィヴィアン・ウエストウッド、ジャイルズ、アクネなどとの作品も発表。2009年にはロンドンのヴィクトリア&アルバート美術館で「Hats : An Anthology by Stephen Jones」展、'11年にはアントワープのモード美術館で「Stephen Jones & The Accent of Fashion」展を開催。'10年、帽子デザイナーとして初の大英帝国勲章を授与された。www.stephenjonesmillinery.com

お問合せ オーロラ tel.03-3230-0810
info@aurora-accent.co.jp


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