LAURENCE NICOLAS

ムッシュ・ディオールの哲学を受け継ぐ時計。 1 APR. 2013

PHOTO MASATOSHI UENAKA
TEXT KURIKO SATO

 2008年に、クリスチャン ディオールの時計部門のプレジデントに就任したローランス・ニコラ。メゾンの伝統を尊重し、「真の贅沢とは本物の素材と職人の誠実さを持っていること」というムッシュ・ディオールの言葉通り、価値のある高級時計ブランドを目指し、'11年にはディオール ウォッチの4つ目のコレクションとなったディオール ユィットのシリーズを発表した。それまでの宝飾部門の統括に加えて、時計部門も手掛ける彼女は、自身の役目を「企画の段階から製品発売のマーケティングやプロモーションまで、すべてを統括するオーケストラの指揮者のような立場」と形容する。この春、既存コレクションに加えて新作モデルとエクステンションラインを発表したのを機会に、ニコラ女史に話を聞いた。

まず今回の新作コレクション全体についてのビジョンを聞かせてください。

ローランス・ニコラ(以下 ニコラ)  今回は長年、私たちが開発してきたディオール ウォッチのノウハウの結晶とも言えるコレクションとなりました。'01年、スイスにレ ザトリエ オルロジェ ディオールをオープンして以来、パリのオートクチュールメゾンに相応しい時計を作りたいという思いで年々コレクションを生み出してきましたが、まさに技術面とクリエーティビティにおける最良のマリアージュが叶ったと思っています。例えば、クリエーティブであること、フェミニンで洗練され、普遍的なエレガンスがあると同時に、技術面において最高のノウハウを備えていることなどです。今回は特に色彩、素材、精密さ、自動巻システムをより洗練させることにこだわりました。同時に、何かとてもディオール的なものがあることも大切でした。それは異なる素材や色彩を大胆に組み合わせる、といった要素です。

特にディオール ユィットのグランバルというシリーズは、正に時計のオートクチュールと言えるのではないかと思います。このシリーズの発想はどんなところから生まれたのですか。

ニコラ  アイディアはパリのスタジオから生まれました。メゾンのルーツからインスパイアされつつ、時代の空気を取り入れたものです。ムッシュ・ディオールが舞踏会やパーティを愛したことから、舞踏会のダンスでドレスが回るような動きに発想を得て、時計のローターを見せるということを考えついたのです。そこから実現可能なディテールを詰めていきました。宝石や羽根をローターにあしらったり、花が開いたような効果を出すために一点一点異なる色合いのエメラルドストーンを文字盤に用いるなど、アーティスティックな表現にこだわりました。また、スイスのソプロード社によって開発された精巧なムーブメントを備えています。

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写真は、ディオール ユィットのピンクサファイアを使用したカラーストーンのバージョン。裏面のトランスペアレントなローターの部分が表面と呼応するように色彩を施している。「見えないところは見えるところと同様に重要」というムッシュ・ディオールの哲学の反映。トップは、同モデルのエクステンションラインの新作。特徴は、べゼルが半分ダイヤになり、もう半分がマザー オブ パールになっているデザイン。

スイスとパリという離れた場所で、普段どのようにコラボレートされているのですか。

ニコラ  綿密なやり取りを常にしています。基本的にはパリでデザインを描き、それを元にスイスで具体的に組み立てていきます。その過程で技術的にこれは無理だということも出てきます。例えば、グランバルの羽根を使ったコレクションですが、最初に職人たちから来た返事は、羽根をローターに使うなど絶対に無理、というものでした(笑)。羽根を使うには薄く軽いものである一方で、動きを出すのには十分なちょっとした重さもないといけないのです。それに適したものを見つけるのはほとんど不可能で、ネガティブな返事をもらったわけです。でも私たちパリのチームはとても頑固でした(笑)。約一年を掛けて、ヨーロッパ中を探した末、やっとイタリアのトスカーナ地方に、羽根が最適な小さな雄鶏を見つけたのです。その羽根をやや膨らませるための加工をし、中心のダイヤモンドにつけて羽根を扇状に配置しました。羽根を時計に使うのは世界でも初めてのユニークな試みで、オートクチュール的であると同時に、技術的な面をクリアすることが必要でした。その工程には18ヶ月掛かりましたよ。とてつもない辛抱強さが要求されましたが、結果にはスタッフ一同とても満足しています。

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トスカーナ地方の雄鶏の羽根を半円状のローターに使ったオートクチュール感溢れるディオール ユィット グランバル。ローターを前面に出し、そこに装飾を施すのは業界初の試みで、現在ディオール社の特許になっている。

テクニックと創造性のバランスを見つけることが大切なわけですね。

ニコラ  そうですね。美しさだけで時計としてのクオリティがなければ価値はありません。反対に、クオリティだけでアーティスティックな要素がなければ退屈なものになります。そのために私はよくパリのオートクチュールとスイスのオルロジュリー(時計製造業)のマリアージュという言葉を使うのです。両者のDNAを受け継いだ子供の誕生というわけです。

そのようなスピリットは、ムッシュ・ディオールの哲学でもあるのでしょうか。

ニコラ  その通りです。クリスチャン ディオール社の素晴らしいところは、常識に囚われない独創的な考えかたができるキャパシティがあることです。「時計を作るならトラディショナルで工業的な製品を作る必要はない。私たちはクリエーティブなアイディアを持つオートクチュールメゾン」という自負があるのです。そのためには技術面においてもそれを可能にするやりかたを見つけないといけません。ですから開発のプロセスがとても長くなるのです。

デザイン性やコンセプトにおいてコレクションの統一性を図るという点で、洋服部門とのコンタクトはありますか。

ニコラ  ほとんどないですね。それというのも、今も言ったように時計の製品開発にはとても時間が掛かりますが、洋服の場合は3ヶ月のサイクルだからです。同じ時期に合わせて出すには、私たちの場合は一年以上も前から準備をしなければいけませんから、実質的に不可能です。単にアクセサリーとしての時計を作るならそれも可能ですが、私たちがやっていることは、あくまで贅沢品としての時計の製造だからです。ただ、両者ともメゾン・ディオールという同じ世界に属していますし、同じ歴史やルーツを持ち、同じアーカイブからインスピレーションを得ているので、実際に話し合うことはほとんどなくても、全体的に一貫性を保つことができるのだと思います。それはまさにムッシュ・ディオールから受け継いだ遺産がとても大きいということでしょう。彼は建築にも、庭園にも興味があり、色彩に敏感で、元々ギャラリストだっただけにオブジェや絵画にも情熱を持っていました。特にルイ16世の時代のスタイルに惹かれていました。こうした豊かな芸術的嗜好が、すべての部門に影響しているのだと思います。

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2013-'14秋冬パリ・ファッションウィーク期間中に、パリのディオール本社で発表された新作ラインの数々。その中でもメインとなったディオール ユィット グランバルのシリーズ。

ということは、オートクチュールとプレタポルテのレディスのデザイナーがラフ・シモンズになって以降も、時計部門への影響というのはないわけですね。

ニコラ  特にありません。面白いのは、彼の素材や色彩の使いかたを見るとメゾン・ディオールの遺産からとても影響を受けているので、最終的には私たちが時計で表現していることと、あまりかけ離れていないと感じるのです。共通のインスピレーションを持っているという印象を受けます。

確かに、かつてムッシュ・ディオールが「ブラックドレスは女性のワードローブに欠かすことができないアイテム」と語ったように、'13春夏オートクチュールコレクションでもモノトーンが多かったですが、時計のコレクションにもモノトーンがありましたね。

ニコラ  '11年にすでにディオール ユィットでセラミックブラックを、'12年にはセラミックホワイトを発売しています。特にブラックに関してはピュアで濃厚な黒を出すために、ハイテクのセラミック素材にこだわりました。

ディオールの時計の歴史は、元々マスキュリンなタイプから出発したわけですが、そのことはデザインを考える上で何か影響がありますか。

ニコラ  特にありません。確かに1975年にディオールが時計を売り出したときは、とてもマスキュリンかつクラシックなデザインで、'70年代から'80年代ぐらいまでは、女性の時計でもそこからインスパイアされていたと思います。でもその後はフェミニンなデザインを開発してきました。例えば、ブレスレットが取り替えられるマリスのような。'80年代から'90年代には、プレタポルテのコレクションとも連動して、ブレスレットに同じ生地を使ったりもしていました。ただ、それから私たちはまったく方向性を変えることにしたのです。クリスタルを使ったり、よりフェミニンな方向にシフトしました。ただし、ディオール オムの世界からインスパイアされたシフル ルージュはとてもマスキュリンですが。

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クリエーティブディレクターのヴィクトワール・ドゥ・カステラーヌのデザインによるラ ミニ ディ ドゥ ディオール。サイズは19ミリで、フェイスには黒のマザー オブ パールを使用。レザーにポップな蛍光色を使ったストラップは取り替え可能。

方向性を変えたきっかけは何だったのでしょうか。

ニコラ  おそらくメゾン・ディオールは、2001年に作られた宝飾部門と同様に、時計部門を永続的なイメージのあるものにしたかったのではないでしょうか。そのためにアーティザナル(職人技的)な価値のあるコレクションが求められたのです。言わば「時計も手掛けるブランド」ではなく、れっきとした「オルロジュリー」になった。これは重要な違いです。そして現在は年々そのノウハウを高めているのです。

現在のパリとスイスにおけるコラボレーションという形は、将来的にも変わらないのでしょうか。

ニコラ  これが最良のやりかただと思います。もっとも、スイスの私たちのアトリエはあくまで開発、研究のための工房であって、製造工場ではありません。最高の品質を求めるためにも、メゾンの中で一括するのではなく、それぞれの部品における最良のメーカーとコラボレーションするやりかたを選んでいます。例えば、オートクチュールがレースや羽根を専門の工房に注文するように、高価な宝石のセッティングにはブンター社、ムーブメントはゼニス社やソプロード社といった具合にそれぞれのパーツで最良の技術を持つところと組んでいます。スイスにディオールの工房を設けたのも、これらのパートナーとやり取りをし易くするためです。今後もこのやりかたを続けながら、自由な発想とノウハウを兼ね備え、審美性に満ちたコレクションを追求していきたいと思います。

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写真はトップでも紹介した、ディオール ユィットのエクステンションライン。ケースと文字盤にダイヤモンドをあしらい、バンドにセラミックを使った一品。白は2,575,650円。黒は2,541,000円。

DIOR GINZA
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11時〜20時営業 不定休
tel.03-5537-8333
www.dior.com

LAURENCE NICOLAS

ローランス・ニコラ
フランス北部に位置するランスのビジネススクールを卒業後、クーパース&ライブランド社で会計士としてのキャリアをスタート。その後、カルティエでセールスとマーケティングの仕事に携わり、2001年、ファインジュエリー部門を発展させるためクリスチャン ディオール社へ。数々の功績が認められ'08年2月には、ディオール ファイン ジュエリーとディオール タイムピーシーズのプレジデントに就任。'11年には、セラミックのブレスレットとケースを用いた構築的なデザインを特徴とするディオール ユィットを発表し、大きな注目を集めた。


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