JULIEN DAVID

東京のフランス人が考える新しいラグジュリー。 3 NOV. 2012

PHOTO TOHRU YUASA(B.P.B.)
TEXT MARIKO NISHITANI

 フランス国立モード芸術開発協会(ANDAM)が主催するコンクールの2012年度のグランプリを獲得し、一躍注目を集めることになったジュリアン・デイヴィッドは、東京を拠点に活動するフランス人デザイナーだ。素材はすべて日本製のものを用い、生産も日本で行うが、発表はパリ。このユニークな越境感覚とハイブリッドなデザインが、日本のファッションに風穴を開けそうな気がする。今年の11月25日(日)までポップアップショップを開催中の東京・白金台のアダム エ ロペ ビオトープでのインタビューに、デイヴィッドは自転車に乗って現れた。

JULIEN DAVID
上の写真はジュリアン・デイヴィッド。トップは、BMXのプリントを施したスカーフをドレスにしたスペシャルアイテム。

そもそも日本に住むようになったきっかけは何ですか?

ジュリアン・デイヴィッド(以下 デイヴィッド)2002年に一晩日本に滞在したことがそもそもの始まりです。上海と香港に行く途中、トランジットで一日だけ東京で過ごすことになったのです。いやぁ、面白かった。いろんなことがありましたよ。もともと日本の建築やアート、ファッションに興味があったから、来てみるとすごく大きな街で、自分の知っている他のどの都市とも全然違う印象を受けて、そこが面白いと思ったんです。とにかく、一日でめぼしいところは全部回ろうと決めたので、新宿、渋谷、銀座、代官山、中目黒など、エネルギッシュに回りましたよ。

優秀なガイドがいたのでしょうか?

デイヴィッド   「superfuture」というウェブサイトを知ってますか? それと『Wall Paper』のガイド。その2つを手助けに一人でスケジュールを組みました。

リサーチ力があるんですね。

デイヴィッド  行き当たりばったり歩き回るだけでは、欲しいものを手に入れることはできないので、どこに行く時もそうしてるんです。香港や上海へ行ったときも、僕はこの方式で事前にリサーチをして行きましたよ。

その体験が、その後の日本での活動に繋がるというのも行動的。

デイヴィッド  '06年のある日、その当時、ニューヨークのラルフ ローレンのパープルレーベルでウィメンズのデザイナーとして働いていたんだけど、ついに東京に行くことを決心し、すぐフランス大使館に行って一年間の滞在ビザの申請をしました。文化交流プログラムという名目でね。

そこまで日本に惹かれる理由はどこにあったのでしょうか。

デイヴィッド  ファッション界にいると、日本のファッションは、いろんな人が興味を持っているし、避けて通れないものです。外から見ているとより一層魅力的に見えました。とてもエキゾチックだし。

来日してから、フリーのデザイナーとして活動した後、ブランドを立ち上げますが、最初に作ったのはスカーフですよね。どうして、服じゃなかったのですか?

デイヴィッド  日本に来る時は、自分のブランドを始めるという具体的な考えを持っていたわけではないんです。何か、今までとは違うことをやってみたいくらいの気持ちでした。ただ、日本のシルクの存在を知ってから、これで何かできるんじゃないかとは思い始めたのです。以前からブランドをやるなら、何か一つのプロダクトだけでスタートするのが面白いんじゃないかと考えていました。バッグや靴もいいけど、競合するブランドがたくさんありそうでしょ。でも、スカーフだけのブランドはなかった。元々昔からあるものだし、これをアップデートするのは悪くないかも、と始めたのです。そして日本は、結果的にとてもいい場所だったんです。

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ポップアップショップで発売中のスカーフ。サンドウィッチやポテトチップスなどのポップなイラストがユニーク。

最初は、フランスに向けて売ろうと思っていたんですか?

デイヴィッド  どこか特定のマーケットを考えたりはしていませんでしたね。僕にとって重要なのは、とにかくブランドをスタートしてから、なるべく多くの国に広げることでした。世界周遊の航空券を買い、スカーフを抱えてパリからベルギー、ロンドン、アムステルダム、ニューヨーク、マイアミ、サンフランシスコ、シカゴ、ロサンジェルス、香港、ソウルと回って、日本に帰ってきました。

結果はどうでしたか?

デイヴィッド  パリのコレット、ロンドンのマッチズ、アメリカのバーニーズ、香港のレーン・クロフォード、ソウルのブーン・ザ・ショップ、日本のトゥモローランドなどで扱ってもらえることになりました。全部の都市とはいかなかったけれど、すごく評判は良かったですよ。

本当に行動的ですね。しかし、日本の若い人たちは昔のようにスカーフをしませんよね。

デイヴィッド  確かに。でも、考え方によっては見慣れたものより、そうじゃないものを提案するほうが効果的という意味でも、スカーフは悪くありませんでした。最初の2年間に、世界で約2,000枚から3,000枚のスカーフを売ったんです。クールでしょ?

生産国を日本にすることのメリットは、どんなことだと考えていますか?

デイヴィッド  例えば、イタリアで生産すると、ビジネス的にはヨーロッパとアメリカは現在と同じような結果になったと思いますが、アジアではここまで受け入れてもらえなかったと思います。

工場はどのように選んだのですか?

デイヴィッド  最初にいくつかの産地を対象にテストしました。スカーフにプリントするのは、スペシャリストじゃないとなかなか難しいんですよ。試行錯誤の末、シルクにプリントすることを専門としている工場が山形に見つかって、以来そこで作り続けてもらっています。日本で行う場合、毎回、デザインを劇的に変えたりしなければ、やり取りはスムーズにいきますね。長い付き合いが大事なんです。彼らにとってスカーフのプリントというのは、これまではやや年配向けの仕事でしたが、僕のような若いデザイナーと仕事をすることによって、パリのコレットやウクライナのキエフのアンダーグラウンドな店などと取引が始まったり、僕が媒介となって新しい世代を紹介することができるようになったのです。工場で働いている人は、オーナーは60歳ぐらいですが、職人たちは20代後半ぐらい。まだまだ若い人はいますよ。

この映像は、ジュリアン・デイヴィッドのスカーフにプリントを施す、山形の職人たちを映したドキュメンタリー。コレットのクリエーティブディレクター、サラのパートナーである映像作家のフィリップ・アンデルマンが手がけたもの。

スカーフから洋服に移行した背景には、何があったのですか?

デイヴィッド  最初は、ずっと一人でやってたんですが、スカーフのコレクションを作ってちょうど一年後、スタッフを一人雇ったんです。彼がパートナーとして加わったときに、これからもスカーフのみでやっていくのか、洋服も作るのか話し合いました。スカーフだけ作っていれば穏やかな生活が送れるけど、洋服を始めるとどうなるか分からないよって。じゃあ、やってみようかと(笑)。最初は8型のコートだけのカプセルコレクションでスタートしました。

どんなコートだったのですか?

デイヴィッド  シーズンは、2010-'11秋冬だったのですが、すべて黒の軽いウールを使ったコートで、白黒のピル(薬)のプリントを施したシルクサテンを裏地に張りました。シルエットは、人工的なプロポーションに挑戦しました。ナチュラルなシェープにはしたくなかったんです。袖が異常に長く、カプセルのような形の肩にして、ローウエストでボタンもポケットも下のほうにつけて、ボリュームを全部下に持っていったんです。パリのコレットがスペースを貸してくれて、そこでプレス向けに展示会を行いました。

レディスコレクションの印象は、ラグジュリーで大人っぽいというより、前回(2012-'13秋冬シーズン)はドールのような人工的なフォルムとスクールガールを感じましたし、今回はぐっとストリートっぽい。いわゆるセクシーな要素はほとんどないし、靴もペタンコ。ただし、素材や仕立てからは高級感が漂っている。これは日本人にも着易い洋服だと感じました。

デイヴィッド  クオリティにはいつも非常にこだわるところです。ラグジュリーなアイテムを違った方法で見せるというのは、僕のテーマでもあり、とても重要な部分です。いわゆるセクシーといった従来のラグジュリーの王道的なやりかたを取らずに、ストリートの視点やユーモア、アイロニーを盛り込んで作り変えるというのは、興味のあるところなのです。ただし、上質にするため、マテリアルには相当凝りましたね。

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ポップアップショップを記念し、アダム エ ロペ ビオトープの中庭に飾られたシルバーバルーン。

以前、アンダーカバーがパリで発表していた時に、パリでやっていくならもっと服をセクシーにしなくてはいけないと言われたことを聞いて、とても印象に残っているのですが、その辺はいかがですか? セクシーな要素もドレッシーなイブニングもあなたのコレクションには登場しませんが。これはある種の挑戦なんじゃないかと思いました。

デイヴィッド  確かに、パリにはそういう空気がありますね。だからプレッシャーはありますよ。カジュアルなウェアを高価な素材で作るということが、なかなかパリでは理解されずらい。人々はやっぱりイブニングウェアにお金を使いたがりますからね。そういう意味では仰るようにチャレンジです。でも、これはいいチャレンジだと思っています。僕のようなデザイナーがANDAMのグランプリを受賞したことも、未来が開けることの証明とも言える。それに人と同じことをしていてもしようがないでしょ。ドレッシーな服には多数の競争相手がいますからね。ベルンハルト・ウィルヘルムやジェレミー・スコットのようなオルタナティブなデザイナーも過去にANDAMのグランプリを受賞していることからも、パリには新しい価値を受け入れる土壌があるのだと思います。

ところで、ジュリアン デイヴィッドの洋服は、シンプルなだけに色々な着方ができると思うのです。どんな風に着てほしいと思いますか?

デイヴィッド  僕たちは良い服を作ることが仕事だと思っています。ショーもまだ4回しか行ってないし、ようやくスタートラインに立ったところです。今はできる範囲でやれることをきっちりとやっていきたいという気持ちがとても強くて、自分のキャパシティ以上のことはやりたくない。色々な提案ができるステージに到達していないと思うので、現時点ではシンプルに活動していきたいのです。ただ、着こなしで言えば、一つのブランドで固めるようなカルトなスタイルは前時代的だと思っています。どんどんミックスしてブランドの体現者ではなく、自分自身の表現者として、僕の服を着こなしてほしいと思っています。日本人の女性の服装も自分のために着るように変わってきていると思います。とにかく、日本はこれからもっともっと面白くなると思いますよ。

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上段左は、アダム エ ロペ ビオトープのショーウィンドウ。右は、光の反射が美しい、2012-'13秋冬コレクションのシルバーのドレス。中段左は、ポップアップショップが行われているコーナー。2012-'13秋冬コレクションのメインカラーでもあるシルバーのバルーンがたくさん飾られている。右は、ページトップの写真でも紹介したBMXのプリントが目を引くシルクのドレス。下段左は、身頃の左右でデザインを切り替えたフーデッドコート。右は、デザインのインスピレーションソースやコレクション画像が映し出されたモニター。iPadと連動していて自由に操作できる。

JULIEN DAVID POP UP SHOP AT BIOTOP
11月25日(日)までを予定
アダム エ ロペ ビオトープ
東京都港区白金台4-6-44
11時〜20時営業 不定休
tel.03-3444-2421
biotop.adametrope.com

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ジュリアン・デイヴィッド
1978 年パリ生まれ。19 歳で渡米し、ニューヨークのパーソンズ美術大学で学ぶ。在学中よりナルシソ ロドリゲスで働き始め、ナルシソ直属のデザインアシスタントとしてキャリアを積んだ後、ラルフ ローレンへ。同社のパープルレーベルのウィメンズウェアのデザイナーとして、主にテーラードなどを担当。2006 年に来日し、東京を拠点にフリーランスのデザイナーとして活動。翌年、自身の名を冠したブランドを設立。当初はシルクスカーフだけの展開だったが、'10年からプレタポルテも始める。オリジナルのシルクやスーパーファインコットンなど、素材はすべて日本製。上質な素材を、サブカルチャーやストリートカルチャーに着想を得たデザインと合わせることで、ウィットに富んだコレクションを発表。現在、パリのコレットやロンドンのブラウンズを筆頭に、世界の主要なショップで取り扱われている。2012-'13秋冬シーズンより、メンズラインも開始。東京のストリート感覚を取り入れたスタイリッシュなコレクションがすでに注目を集めている。 juliendavid.com

お問合せ エドストローム オフィス tel.03-6416-3606




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