樋口泰人=文
text:Yasuhito Higuchi (boid)
photographs:Tohru Yuasa
(B.P.B.)
上の映像は、「サウダーヂ」の予告編。
日本に住んでいるとその衝撃の大きさははっきりとは伝わって来ないのだが、フランスの新聞『リベラシオン』での第64回ロカルノ映画祭を総括した記事のほとんどが、今回、出品された日本映画についてのものだったのは本当に驚かされた。記事だけ読むと今年の映画祭は日本映画のためにあったとしか思えないそのリポートは、ヨーロッパが受けた衝撃の大きさを、十分に物語っている。
その中でひときわ大きく扱われていたのが「サウダーヂ」であった。フランスやヨーロッパはもちろん日本においてもほとんど無名の監督、富田克也と「空族(くぞく)」と名乗る制作チームによる2時間40分の「自主制作映画」。なによりもまず、製作費が1000万円ちょっとの自主映画がロカルノ映画祭のインターナショナル・コンペティション部門に選出されること自体があり得ないことであり、そしてそのセレクションが間違いではなかったことの証が『リベラシオン』の記事なのだと言っていいだろう。
舞台となるのは監督自身の故郷、山梨県甲府。荒む地方都市、タイやブラジルからの移民たちと地元民たちが主人公だが、大きな物語があるわけではない。彼らの日常の私的なエピソードの積み重ね。ただ彼らがそこでひたすら生きている、その集積がスクリーンから滲み出して、見ているこちらを圧倒する。その暴力的な時間の積み重ねと地方都市の風景と暮らしと言葉のリズムとが、世界の映画人たちの心を捉えたのである。
写真は監督の富田克也。バイクは富田が愛用するKawasaki。東京・新宿にて。
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- 「サウダーヂ」の前に作られた「Furusato 2009」というのは「サウダーヂ」の取材段階の記録をまとめたものですよね。長い予告編っていうタイトルもつけつつ、一つの形にした意図はどんなところにあったんでしょうか。
- 富田克也(以下T)
- 取材を始めたのは2008年の後半、ちょうど北京オリンピックが終わったり、リーマンショックが起ったりといったころですね。最初は日本人中心に回ってたんですけど、あるとき、ショッピングセンターのさびれ始めたところがスラム化してる、みたいな噂を聞いたんです。行ってみるとそこのゲームセンターに外国人の男の子たちがたむろしてるんですよ。いろんな人種がいたんです。その中でひときわ悪そうなやつがいたんで、話しかけてみたんです(笑)。ブラジル人なんですが、出身中学が「南西中です」とか言って。俺が行ってた中学なんですよ。俺の中学時代にはありえなかった。だってちょっと色が白いやつに「外人!外人!」なんて、みんなで言ってたくらいの時代ですからね。そいつに仕事を尋ねたら、「石和でホストやってます!」って(笑)。
そんなこともあって彼が住んでいる田富町にいったんですよ。そしたらもう、ある道を入ると、ブラジル人とやたらすれ違うんです。「何だここは」と思って周りを見ると、ブラジルの国旗をいっぱい掲げたスーパーがあって、外装が真っ黄色なんですよ。驚くような光景が広がっていたんです。とはいえ田富町を出てみたら、彼らの存在はほとんど知られていないわけです。田富に住んでる日本人は当然知ってるんでしょうけど。それくらいでしかない。ちょっと離れただけで交わりがない世界がそこにあるということは、俺たちもあとになって気づくんです。
そんな感じで一年間ぐらいかけて取材したものを元に、「サウダーヂ」のシナリオ化に入っていったわけです。もちろんそのときはドキュメンタリーとしてまとめるつもりはなかったんです。ただ、「サウダーヂ」の製作を前にして、製作発表イベントを打とうと。「これは山梨の映画だ」って。そのときに、何か観せられるものがあったほうがいいんじゃないかということで、"「サウダーヂ」への長い予告編"というタイトルで50分のドキュメンタリーにまとめたのが「Furusato 2009」なんです。
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- 「雲の上」、「国道20号線」はフィルムで撮影してからビデオ変換して上映したわけだけど、「サウダーヂ」の場合、ビデオで撮ってフィルムにした。その順番を今までと逆転させたっていうのは、どんな意図があったんでしょうか。
- T:
- これも無知から始まる話なんですけど、本当はスーパー16(※注1)でやりたかったんです(笑)。本当は35mm(※注2)で撮りたいけどそれは予算的にまったく無理なので、スーパー16ということにしたんです。買おうと思って調べ始めるとですね......。
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- 「国道20号線」のときも買ったの?
- T:
- 買ったんです。どうしてかと言うと僕らの撮影は長期間に及ぶから、レンタルにするとバカみたいに高くなるし、一回一回返しに行ったりする手間も大変なんです。だから今回も買うことにしてたんですよ。ただ、通常の16mmカメラの値段は知っていても、スーパー16のカメラが一体いくらなのかさっぱり分かんなくて。でも、俺が撮影直前まではスーパー16だって言い張ってたんです。8月1日にクランクインというのは決めていて、その直前にカメラは1000万円だっていうことが発覚して(笑)。
- ——
- 映画の総予算に近い......(笑)。
- T:
- 一気にHDVということになったんです。HDVで撮影して35ミリフィルムにブローアップするというやり方。結果的には、ほんとHDVでよかったなって思いました。この映画は「国道20号線」みたいにきちっきちっと撮る映画ではなかったので、現場で起こることをなるべく取り込んでおくということも含めて、長い時間回せるってことが有利になる内容だと思ってたし、当然ブラジル人とか境遇が不安定な人たちを相手にしなきゃいけなかったので、段取り通りには決していかないんですね。だからビデオの一番良いところが発揮されたと思います。スーパー16でやってたらとてもじゃないけどあんな映画にはならなかった。
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- 現場に起こることを取り入れていくっていう意味で、この映画の中でシナリオはどの程度書き込まれていったんでしょうか。
- T:
- 一応ちゃんと書くんですよ。今回もまずは土方、移民、ヒップホップという三本柱を中心にちゃんと構成を立てて、「とはいえ群像劇だよねー」みたいなことが決まりつつ、じわじわと、でもかちっとシナリオを書いていったんです。撮影が始まるととにかく現場で起こることが面白いんですよ。面白過ぎてそういうものを撮りきれていない自分がもう悔しくてしょうがない。「あーカメラ何でしまっちゃったんだろう、今のがよかったのに」みたいな。「Furusato 2009」を撮っていた1年間はその繰り返しでした。ただ、そうしているうちに、「でもこういうのって、結局撮りきれないもんなんだよなぁ」という諦めを覚えていく。撮ったところで、今ここで俺が面白いと思っているものが観客の人にそのまま伝わるものでもない、ということも分かってくる。
だから俺たちが取材のときに感じた面白さをいかにフィクションの中に流し込めるかっていうのが、僕らのシナリオ化の作業だったわけなんです。でも、そのシナリオを基にして撮影が始まると、取材の時と同じようにどんどん面白いことが起こるんですよ。ブラジル人との撮影が終わって、飲んだり食ったり遊んでるときに、そこで「うわっ、これやろう。明日やろう」みたいな感じになっていく。そしてどんどんどんどんシナリオが変わっていく。もちろん撮影後の編集のこともあるので、物語に何とか繋がりがつくような形で、現場で増やしていく。
写真は、「サウダーヂ」より。
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- 今回、カット割りはほとんどしてないんだよね。
- T:
- そうですね。
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- それはもう最初から?
- T:
- そうなんです。実は俺、エドワード・ヤンが大好きで、「サウダーヂ」の前はエドワード・ヤンを観まくったんですよ。特に「牯嶺街少年殺人事件」が好きなんです。それで、何とかエドワード・ヤンみたいに撮れないかなあって。ただ、エドワード・ヤンがカットを割ってないかって言ったら割ってるんですけど、何か印象としてあまり割ってない。固定の画面の長回しの印象が残るんです。何かそんな風にしたい、という思いがありました。カメラマンの高野はそもそも彼女の特性として、そういう撮りかたをするんですね。登場人物たちを一つの画面の中で、そんなに寄らずにある一定の視線から撮るというようなことを意識して、ああいう感じになったんです。
今、ヨーロッパで次々と移民排除の悲惨な事件が起こってますけど、日本は非常にドメスティックな国だから、そういうことが表面化すらしない。だからそんな国の中で僕たちがブラジル人と日本人の問題を、ドンパチやって撮っちゃったらただの嘘になっちゃうわけです。それをどういう形で、近い将来もしかしたら起こってしまうかもしれない、いやこのぐらいだったらもうどこかで起こってるかもしれない、ぐらいのぎりぎりのところで現在の物語として成立させられるか。そのことはシナリオ化のときに随分頭を捻りました。直接の睨み合いではなくて......人の噂だとか、それがめぐりめぐって人を嫉妬させたり人を狂わせていく感じを、何とか描きたかったんです。
- ——
- 8月1日のクランクインというのは何か理由があったんですか。
- T:
- 今回は、土方っていう大きな一つのテーマがあったんですが、絶対に夏の土方を撮りたいと思ってたんですよ。汗だく、どろっどろみたいな。その暑さと土のじめっとした感じ。土とか緑とかの自然の光と、甲府の中心街に灯る蛍光灯のブルーの人工的な光の対比を、何となく考えていたんです。だからフィルムも会社によってそれぞれ色合いが違うので、フジにするのかコダックにするのかということも課題だったんです。結局、フジになったんですが。
とにかく、その夏の土方という課題があったので、早いうちにクランクインしなければまた来年になっちゃうって話になって(笑)。ただ僕らの優先順位として、土方は二番目だったんです。第一優先はとにかくブラジル人。いつ帰ってしまうか、まったく分からない。そんな状況なんです。だからとにかくブラジル人のシーン最優先で、彼らを撮れないとき、もしくは、彼らが終わったら次に土方。それで土方を夏が終わるまでに撮り切って、室内はもう冬でもいいじゃんっていう。だから冬も室内で暖房ガンガン焚きながら、でも裸になって扇風機を回してガチガチ震えながら、霧吹きで汗を作って撮影してました。
- ——
- ブラジルの人たちは本当に途中で帰ったりしたんですか。当初の予定から変わったところとかって出てきましたか。
- T:
- それはぎりぎり乗り切れたんですよ。そもそも「サウダーヂ」の主人公の一人、ブラジル人のデニスとは、一目会った瞬間から、こいつだ!と思ったんです。間違いない、もうデニスだと思ってね。で、デニスに「あともう少ししたら映画撮るから、主役やってくれ」と。「いいよ、俺でいいの?ありがとね富田さん、絶対やるよ!」なんて約束して。でも時間が経っちゃって、いよいよクランクインだっていうときに、デニスが「ごめん富田さん、俺帰らなきゃいけなくなっちゃった」って。でもデニスがいないとこの映画は出来ない。デニスがブラジルに帰るのは仕事とかお金のことが理由なので、じゃあ俺たちがデニスの職探しをしようということで仕事見つけて、働けるようにしてもらったんです。撮影が始まってしばらくすると、デニスは独立して洗車場を始めたんですが、やっぱり最後は上手くいかなくなる。でもデニスの出演部分の撮影は何とか終えることが出来たんですね。ただ、こちらはまだ他の撮影が続いている。あるときからデニスが、映画の完成を気にし始めたんですよ。いつ出来上がるのかと何度も尋ねられるようになって。あれ、怪しいなあと思ってたら、帰っちゃいましたね。そのあとパタパタパタと他の出演者たちも。「サウダーヂ」の出演者で残っているのはもう、一人ぐらいしかいないです。
「Furusato 2009」にも「サウダーヂ」にも出てきた山王団地も、僕らが入り込んでたときはあのでかい団地の中の八割が外国人だったんです。ブラジル、ペルー、フィリピン、タイ。ほぼ満室だったんですけど、今は半分しか残ってません。みんな帰っちゃいました。追い討ちをかけたのは原発だったと思います。あれでもう、日本になんか固執することないじゃんって感じたと思いますから。とどめだったと思います。ほんといなくなっちゃいました。
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- まず役者の職探しから始める映画作りってすごいことだよね。
- T:
- そうですね。あと例えばこんな話もあって。彼の場合本当に食い詰めてるから、とにかくやれること何でもして食わないといけない。奥さんもいて、妊娠してる。さあこの子供をどうやって育てていくかなんて、デニスたちは口では言わないけどけっこう真剣に考えてたんだと思うんですよね。だから「富田さん、一緒に当たり屋やらない?」とかそういう話になっていくんですよ。
タイ人のミャオ役の彼女(ディーチャイ・パウイーナ)もね、彼女たちを映画に巻き込もうと最初は気軽に、「出てよー」なんて言って親しくなっていくんですけど、そのあと話をしたり、生活をともにしてくと、彼女たちの抱えてる問題が全部分かってくる。それを無視して映画を撮れないし、「はい、じゃあ何時から現場来て」、「終わったから帰って」って言うわけにいかないんです。そうすると、そういったことも結局シナリオに取り込んで行かざるを得なくなる。そして、映画だけじゃなく、彼らの生活や人生にも当然関わらざるを得なくなる。でも、そこから始めるしかないんです。そういった意味で、「サウダーヂ」を作っているときは正直言うときつかったです、俺。ほんとにきつかったです。
写真は、「サウダーヂ」より。右の人物はタイ人のミャオ役、ディーチャイ・パウイーナ。
- ——
- 言葉では移民問題っていうことになってしまうけど、それは結局世界のすべての問題を取り込むっていうことだもんね。
- T:
- そうだと思います。今回、ロカルノに行って、つくづく思いましたね。当たり前のように向こうではみんなが抱えてる問題なんですね。ロカルノでの舞台挨拶でも言いましたけど、日本はかつて世界第二位経済大国だなんて言われたけど、もはやその面影もなくなりつつある。もうみなさんが思ってるような日本はどこにもないかもしれない。映画は自分の知らないものを知るため、知らない世界を知るためのものだと僕は思ってきたから、自分が作り手に回ったときに今度は、自分が知らないものを知っていくためのことを映画でやろうと思っているので、まず僕が日本のことを知って、日本の人に「こういう風に日本はなってるんだ」っていうことを知ってもらいたくてこの映画を作ったと。ここに来たのも今のこの日本の状況を世界のみなさんに知ってほしいと思ったからだという、そんな挨拶をしたんですよ。
- ——
- 強引に結びつけちゃうと、ビデオで撮ってフィルムで上映するっていうやりかた自体も、かつて映画がフィルムであったっていうことを今の時代のやり方で引き継いでいくという意味で、そして、かつて何かを期待して日本にやってきたはずの移民たちの夢の痕からその夢を見直す、というような意味で、「サウダーヂ」の内容とリンクしている。
- T:
- 僕らの中でそういう意識があるんだと思います。こじつけでもなんでもなくて。だからそこだけはどうしても今回こだわりたくて、35ミリにだけは何としてでもする決意は固めていたんです。とは言いつつもサンゴー、サンゴーをお題目みたいに唱えてても、実作業っていうのは一切追いつかないわけです。知らないことだらけで初めてだらけだったんで、大変でした。
その反面、かつてのテクノロジー、もはや廃れてしまった使い古されたものを知っていく段階はすごく面白かった。例えば、デジタルだと、録音したそのままの音が、本当に最後の最後まで出せるのだと、録音の山崎さんが言うわけですよ。でも、アナログっていうのは現場で録ったものがあらゆる工程を経ることで、いろんな変化をしてしまう。だから、映画館で上映されるときにどんな音になっているかっていうことをイメージして、その工程に負けない強い音を現場で録っておかなければいけない。そのことが重要なんです。昔の録音技師は、きっとこの工程を全部把握したうえで、現場でそれに負けない、しかもこういう音を録っておくっていうのが分かってたんですね。そんなことを、僕らも山崎さんと一緒に学んでいったんだと思います。
注1;通常の16mmフィルムの音声トラック部分まで画面を広げて撮影する。画面の縦横比は1:1.66になり、ハイビジョンサイズの1:1.77より少し縦長。
注2;映画館で上映されるフィルムのサイズ。16mmフィルムに比べてプリント代が高いため、ハイビジョンが一般的になる前は、16mmで撮影して編集後、35mmにブローアップして上映というやり方がよく行なわれていた。現在は、HDVなどのハイビジョン撮影で、編集後に35mmブローアップというやり方が多く見られる。
「サウダーヂ」
監督:富田克也 脚本:相澤虎之助、富田克也
出演:鷹野毅、伊藤仁、田我流(stillichimiya)、ディーチャウ・パウイーナほか
制作:空族、「サウダーヂ」制作委員会
10月22日(土)より、東京・渋谷ユーロスペースにてロードショー公開
www.saudade-movie.com
ユーロスペースでの公開に合わせてトークイベントが開催
開始は、最終回(19時10分開始)終了後
10月22日(土) stillichimiya
10月23日(日) 宇多丸(ライムスター)
10月24日(月) 隅田 靖、深作健太
10月29日(土) 宮台真司
11月2日(水) 川瀬陽太
11月5日(土) 吉永マサユキ、山本政志
11月12日(土) ゲッツ板谷
富田克也
Katsuya Tomita
1972年山梨県甲府生まれ。2003年に製作期間5年、上映時間140分の処女作「雲の上」を発表。監督、脚本、編集を自ら手がけたこの作品は「映画美学校 映画 2004」の最優秀スカラシップを受賞。この賞金を基に「国道20号線」('07年)を発表。'08年に単館系劇場にて全国公開された。『映画芸術』誌上にて'07年日本映画ベスト9位選出、文化庁の主催する日韓映画祭を含む国内外の映画祭で多数上映。
空族
kuzoku
2000年から'03年に掛けて製作された「雲の上」(監督:富田克也、撮影:高野貴子、共同脚本:井川拓)の現場に、「かたびら街」を撮影中だった相澤虎之助が参加。両作の上映イベント「選べ!失え!行け!」をきっかけに、映像制作集団「空族」と名乗る。名前は井川(2011年4月急逝)の構想中の作品「かつては空を飛びまわっていたが、今は地下に棲み、側溝の格子から地上を見上げ暮らしている種族」から由来。