
- T:
- 僕はトムさんの3つ上なんです。62年生まれなんですけど、60年代ってすごくいい時代じゃないですか。
ケネディ大統領がいたし、日本でいうと、モダニズムの時代で、私の実家も、この近くにあったんですけど、すごくモダンでいい家だったんです。60年代という変化の時代に生まれたせいか、なんか、自分でも世の中を変えるためにできることがないか、って考える。
- B:
- 私は、60年代に育ったから、と思ったことはありませんが、遠山さんと同じようなことは考えますね。本当にやりたいことを探して、そこに向かっていく、という。7人兄弟なんですけど、みんなスポーツをするんです。そのせいか競争心が強いんです。だから、本当にやりたいことは、やりとげたいんです。コレクションにしても、次のコレクションは前のコレクションよりももっといいものにしようといつも思っています。
- T:
- 妥協がないんでしょうね。
- B:
- ないですね。
- T:
- 今、私は、PASS THE BATONというのをやっていて、考えることが、洋服のモードだと、コレクションやって、シーズンが年に2度あって、セールやって、その後、行き場がないのがもったいないということ。それで、ユナイテッド アローズとか、皆川明さんなんかにもお願いしているんですけど、洋服は、半年経ったからと言って、価値がなくなってしまうわけでじゃない。もったいないので、セレクトして、もう一回売っていきたいな、と思っているんですよ。経済用語でいうと、ニューノーマルと言うのがあるんですけど、リーマンショック以降、過去に戻るのではなく、新しいルールを作っていこうという動きがある。僕たちもニューノーマルというタイトルで、過去のコレクションをもう一回引っ張りだして、売る、と言うことをこれからやろうとしているんです。
- B:
- とてもいいアイデアだと思います。確かにデザイナーたちが一生懸命作った服が半年で終わりになると言うのは、残念だと僕も思っています。

- T:
- 今私が考えているのは、過去のコレクションをデザイナーさんが、再びコーディネーションしてくれて、2008年のトップスと、2005年のボトムをコーディネーションしたりとか、そうすると、我々消費者の方も、過去のものなのに、また新しい輝きを見ることができる、と考えているのです。このあいだ、川久保玲さんにもこの話をして、お店を見にきていただいたんです。どうなるかはわからないですけど。もし、そういうのにご協力いただいたら、すごくうれしいです。
- B:
- いいですね。ぜひ。
- T:
- さて、話変わって、今回株主が日本の企業になりましたが、日本についてひとこと。
- B:
- 以前から、日本の方々はトム ブラウンのコレクションをとてもよく理解してくれていると感じています。とてもうれしいですし、日本に来るのがとても好きです。
- T:
- 日本の街はどうですか?人とか。
- B:
- いちばん最初に日本にきた時に、私は前世は日本人だったんじゃないかと思ったくらいです。美的感覚から、きちんとしているところまで、何から何まで好きでしたよ。
- T:
- うれしいですねえ。わたしが常々言っているのは、ものが集まるところが赤く光る地球儀がもしあったら、東京が多分いちばん真っ赤に光っているだろうと。それを世界に広げて、世界全体が薄いピンクになっていく、ということを夢見ているんです。その赤い色の中身も、別にデザイナーやブランドに頼るんじゃなくて、一人一人に、歴史やカルチャーやセンスがあるから、そういう人たちが一個一個見立てたものが集まっている。一人一人のパーソナルカルチャーと、もうひとつ、世界に広げていく時に、日本人のものを大事にする精神性がうまく示せたらいい。たとえばベルギーの人が、日本のPASS THE BATON でダメージのあるセーターをオーダーしたら、ちゃんと期限通りに届いて、きれいに包んであって、ダメージって何かな、と。そういう丁寧さがものを通じて広がったらいいなと思っているんです。
- B:
- 世界中のサービス業の人は、まず日本で勉強すべきと僕は思っています。
- T:
- 日本のファッションが、オタクとか、アニメと言ったカルチャーによってではなく、一人一人のパーソナルカルチャーという形で広がっていったらいいなと思っているのです。それが大きなうねりになるようなことを目指したいのです。話は変わりますが、私が小学校の時、友達が、ダウンジャケットなるものを着てきたんですよ。40年前に。それはモンクレールではないんだけど、ああ、これはもうまねできない、と思って、ダウンジャケットは買わないって決めたんです。5年生の時に。その後、登山用品店のくじ引きで当たったダウンしかない。でも、彼に対して誓ったことより、トムさんと会ったことの方が大きいので、気持ちを変えてダウンジャケットを買います。ようやくこれで買える。あまのじゃくなんです。私、ブランドものって買いたくない気持ちがあるんです。でも、トムさんと知り合いになったことで、ブランドと気持ちの上で関連ができると、買ってもいい気持ちになりましたね。これは普通の人にはできないことですが、普通の人にも、自分もブランド側の一味と思えれば楽に買ってくれる気がしますね。
- B:
- うーん、よくわからないですね。そんなに仲間に入らないと買えないと思われているということは、私の服は相当変わっているのでしょうか。
- T:
- いや、そういうことではないんです。
- B:
- みんなは、どうして私のやってることが変わっていると思うのでしょうか。
- 編集部(以下H)
- でも、ニューヨークでのトム ブラウンのファッションショーは際立って変わっています。ほかと全然違います。
- B:
- 私にとって、ファッションショーというのは、人を考えさせるという目的を持った道具であって、それを全身で着てほしいということではなく、個性を持ってほしいということをアピールしているつもりです。決して変わっているとは思っていないです。
- T:
- でも、コレクションのすごく変わっている帽子も、私自身はまったく違和感ないです。
- H:
- でも、日本人のファッションジャーナリストたちは歓迎していますよ。ニューヨークの他のショーが決まりきっているから。
- B:
- そうなんですね。それもあって今度からパリに行く事にしたんですよ。
- H:
- 日本でこれほど短いズボン丈がはやるとは誰も思いませんでしたよ。
- B:
- この話もう5回くらいしたのですが...。今ホテルオークラに泊まっているんですが、時間があったので、靴磨きに行きました。そうしたら、靴磨きのおじいさんが、「そのショートパンツは新しいスタイルですよね」と言ってきたんです。そして「まるでトムブラウンみたいですね」って(一同笑)。
そこで、思わず「Well, actually,I'm Thom Browne!」って言ったんです。
- T:
- おもしろい!デザイナーやっててよかったなあと思いましたか?
- B:
- そうですね、こんなふうにわかってもらえるのはうれしいですね。自分のやったことを人が覚えてくれるというのはすごく幸せなことだと思います。
- T:
- いい話だなあ。
ニューヨークで常に異彩を放っていたトム ブラウンのコレクション。その演出やパフォーマンスは、トムらしいユーモアやアイロニーを内包し、観客に新鮮な驚きを与えていた。2011年春夏からショーの舞台をパリに移す。01,05 ビーチボーイがテーマの'08春夏 02 '07-'08秋冬より。ノーフォークジャケットとフルフェイスのニットキャップのコンビは、このシーズンのシンボルの一つ。03,06 サーカスのテントを舞台に展開した'07-'08秋冬 04 テニスコートを舞台にした'09春夏。テーラードとチュチュというインパクトある組み合わせが印象的だった
トム・ブラウンが手掛けるモンクレール ガム・ブルーの'09-'10秋冬のコレクション。デビューシーズンとなったこのショーでは、雪山のセットをモデルが滑走するというトムらしい壮大なアイデアで、モンクレールに新たな息吹を吹き込んだ。
Thom Browne
'65年アメリカ、ペンシルヴァニア州生まれ。大学では経営学を学び、卒業後は、俳優として活動した後、ニューヨークに移り、ファッション業界へ。2001年自らのブランドThom Browneを立ち上げる。'04-'05年秋冬から、ニューヨークコレクションに参加。'06年にCFDA賞ほか、数々の賞を受賞し、一躍脚光を浴びる。'07-'08年秋冬から、ブラック フリース バイ ブルックス ブラザーズ、'09-'10秋冬には、モンクレール ガム・ブルーのデザイナーとしても活動領域を広げている。
Masamichi Toyama
'62年東京生まれ。幼稚舎から大学まで慶応義塾で学ぶ。三菱商事社員時代ケンタッキーフライドチキンに出向するなど、その行動は異色だったが、2000年に社内初のベンチャー企業として、株式会社スマイルズを立ち上げ、代表取締役社長に就任。独自の経営哲学を以て、全国に50店舗を展開するスープストックトーキョー、ネクタイブランドgiraffe、丸の内と表参道ヒルズに店を持つ、ユニークなリサイクルショップPASS THE BATONを経営する。NY、青山などで個展を開くなどアーティストの顔も持つ。