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KOJI WAKAMATSU

YASUKO FURUTA MEETS KOJI WAKAMATSU

古田泰子VS 若松孝二。『キャタピラー』をめぐって。

2010.09.15 update | INTERVIEW

在本彌生=写真
Photographs:Yayoi Arimoto

写真は、東京・千駄ヶ谷の若松プロダクションのフィルム保管庫での若松孝二監督とデザイナーの古田泰子。この部屋での撮影は初めてだそうだ。

ベルリン国際映画祭で、主演の寺島しのぶが、最高の銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞した、若松孝二監督の『キャタピラー』。第二次大戦中の日本の田舎の村を舞台に、戦争で四肢を失って帰還した若い夫と、彼を介護する妻。それを取り巻く村人たち。戦争を肯定的に受け入れざるをえない息苦しさの中で、自分を見失わないけなげな妻と、戦争の悪夢に精神を病んで行く夫がコントラストを描く。重い映画だが、いい映画に出会った充実感が残る1作だ。ピンク映画も含めて、若松孝二監督作品を見続けてきた、TOGAのデザイナー、古田泰子にインタビュアーとして登場してもらった。

KOJI WAKAMATSU 上の写真はすべて、『キャタピラー』より。

「家でも学校でも教えてくれなかったことを、若松監督の映画から学びました」(古田)

古田泰子(以下F)
初めまして。古田です。以前から大ファンで、いちばん初めに海外で発表したときも、監督の撮った映像を使わせていただいたりして、今回、この『キャタピラー』の新作の紹介もかねて、お話を伺えればと思います。
若松孝二(以下W)
聞きたいこと聞いてください。
F:
もともと「ハイファッション」がファッションの雑誌ということもあって、読者の方は、若松監督のことを知らない、もしくは知っていても実際に映画を見たことがないという人がほとんどではないかなと思います。私は今38なんですけど、私より下の世代は、なかなか監督の作品を知るチャンスがないので、そういう意味でも、この記事を通して知ってほしいなと思っているのです。監督の映像は、どのカットをとっても絵になり、構図の組み立てが抜群にうまくて、ビジュアルとして目を引くセンスが備わっていますので、そういうところにも、着目してほしいのです。この間のぴあのフィルムフェスティバルの監督特集は、サブタイトルが、「こわくない!!はじめての若松体験」でしたね。
W:
そんな、俺はこわい人でもなんでもないよ。ただ、映画撮るだけだから。映画を見ないってのは、好き嫌いがあるからしようがないじゃない。知らないったって、そんなバカなやつは来てほしくないよ。原宿とか渋谷とか、チャラチャラ歩いている連中にさ、俺の映画見せたってわかりっこないんだもん。
F:
その通り。そうなのですが、そこを私は知ってもらいたいのです。
W:
そういうやつは、テレビでじゃんじゃん宣伝しているような映画を見に行けばいいんだよ。
F:
今回は、ベルリンでの受賞もあって、ニュースにも出ていて、すごく、いいチャンスだと思うのです。これをきっかけにして、興味を持って見てくれないかな、と。
W:
そんなの無理だよ。
F:
無理ですか。でも、そういう期待があるんです。私、監督が好きな理由のひとつとして、親、友人、学校が教えてくれなかったことを、監督の映画を見ることによって、知るきっかけになったということなんです。自分で探して確かめて、両方の意見を聞いて、自分が選びたいと思えるようになったし、それで、いろんなチャンスが増えたっていうことを言いたいんです。
W:
僕がどこに行っても言ってるのは、教科書に載らないことを映画に撮りたいんだってことだからね。教科書っていうのは、国家の都合のいいことばかりを教えるから。そうじゃない、人ってのはこういうもんだっていうのを撮ってるだけだから、別に、特殊な人間でもないし、不思議な人間でもないんだ。俺の方がまともなんだよ。
F:
監督がおっしゃるみたいに、象徴的な意味で、原宿を歩いている子たちが、考える様子がないというのはすごく分かるんですけど、選挙すらも行かないし、きっかけがないと、興味がない、ということですべて終わらされてしまう。前回の『連赤』(『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』)から続いて、今回の『キャタピラー』では、メディアでも頻繁に取り上げられ、昨日も英字新聞(ジャパンタイムズ)にも1面に出ていて、読んでいる人も多いと思います。監督のファンとしては、ファッションという世界の中でも、きっかけを作りたいと思っているんです。
まず、現在進行形で公開されている『キャタピラー』についてちょっと伺い、それをきっかけとして、「こわくない若松監督」を探っていきたいのですが、DVDのBOXセットなどもたくさん出ていますので。その辺にもつながったらいいなと思っています。
監督のおっしゃっている、教科書やメディアに載らないものを暴いていくということ、前回の連合赤軍のことから、『キャタピラー』という流れは非常にわかるんですけど、今回、原作は江戸川乱歩ですよね?
W:
江戸川乱歩読んでないでしょう?
F:
読んでます、大ファンで。
W:
読んでるんだったら、芋虫(キャタピラー)とあの映画見比べて、違うっての、完全にわかるでしょ。
F:
わかります。丸尾さんの芋虫も、読んでまして、その3つの中で、また監督が切り開いた箇所もわかるんですけど、そのもとの原作に皆さん注目されてますね。
W:
みんな間違ってるのは、『芋虫』を原作にしてるって言うけど、原作になんかひとつもしてないよ。四肢がないって所は似てるけど、まるっきり違うじゃん。それから、「ジョニーは戦場に行った」というのも、四肢はないけどまるっきり違う。もちろん映画って言うのは、誰かが同じようなテーマで撮ったってのは、必ずあるんですよ。
F:
あります。洋服でもよく言われます。
W:
似ているのはいっぱいあるんですよ。例えば、ベトナム戦争が終わったら、ベトナムを扱ったら、全部似てて、それが誰かの真似かって言ったらそうじゃないよね。洋服だってそうでしょ。
F:
言われて困ることがよくあります。たまたま、なにかを意識をしていたら、それが他でも、同じキーワードになってたりすることがあるんです。
W:
そりゃ、どっか似たりするよ、人間っていうのは。
F:
で、私の中では、丸尾さんも好きで、江戸川乱歩も好きで、監督も好きで。同じところがキーワードで引っかかったんです。
W:
僕自身のこだわりというのが反戦ですからね。反戦と、男と女の関係と、人間が生きるというのは何か、ということを悪い頭の中で描いているだけだからね。あの映画を見てなんと思おうが俺には関係ない。俺にだまされて千円札取られたかもわからんけど、1時間27分黙って見れるだろうと、まあ、そんな風にしか思っていないんだよね。10人中3人くらいの人が、ああ、戦争っていうのは、ただの人殺しだなっていうことをわかってくれりゃいいと思ってんのよ。
F:
なーんにも、ひとっつもいいことなんかない!!簡単にいうと私はそう思いました。
後付けで、正義化しようとしても、あの映画を見ると、戦争は一般市民、弱者においては結局何一ついいことがなかった。
W:
普通の人はあのとき、正義のためだとか、国家のためだとか、家族のためだとかなんとかいったけれど、戦争に家族も国家も正義も何もないんだよ。まるっきり知らない人を殺すわけだから。会ったこともない人を殺すし、もしかしたら、殺されるんだよ。それを今の若い人たちがわかってくれりゃね。
戦争っていうのは、原爆がボンと落ちれば、映画でも言ってるけど、障子が、紙切れのごとく燃えて、飴玉も食べられない、ご飯も食べられない。本当にそのことを想像してみなさいってね。今の若い人は想像力がない。いろんなことを想像するってことはおもしろいことで、例えば、国家でもそうですよ。なんかやるってときは、ちょっと待てよって、自分の中で考えることができるかできないか。そこだよね。
小泉がいいっていうと、みんなが、純ちゃん純ちゃんって。特に女性はすぐそっちに行っちゃうでしょ。
F:
今は渡辺喜美。
W:
今度は渡辺喜美でしょ。ちょっと渡辺待てよ、あいつは何やってきたんだろうって。
F:
そうです。逆の方から見るってことですね。
W:
逆の方から見るとね、本質ってのが必ず出てくるんですよ。
それを見なさいって。先輩のチャップリンが言ってるでしょ。人を一人殺せば犯罪になるけども、戦争で1万人殺せば英雄になるって。
F:
で、映画の中で、戦争で四肢を失って帰ってくると、軍神って言って、みんなが祭り上げています。彼は、普通の青年ですよね。その時代の青年が、戦争というものの犠牲になって、聞こえだけは神々しい軍神とあがめられる。その一方で、クマさん(篠原勝之)に象徴されるような近所のーー。
W:
バカって言われている存在。戦争っていうのは、バカと肺病だけは行けなかったんだよ。それだけは、徴兵にならなかったんだよ。だから、バカの振りをしてりゃ、いちばんよかった。
F:
それが、戦争が終わったとたんに、まともに戻る瞬間みたいなのがありました。
W:
『戦争終わった、終わった、万歳!』ってね。着物もまるっきり替えちゃって。
F:
私たちが小さい時って、ああいう人が近所にいたんですよ。
W:
そう、いたんだ。あんたの歳いくつかわかんないけども。
F:
38です。
W:
あれは僕が小学校3年の時の話ですよ。
F:
私たちの時って、それを目にして、疑問を持って、親に聞いたりするチャンスがあったんですけど、今は東京で生活しているせいかもしれませんが、そういう人も見なくて、それすらもふたをされているような感じがするんです。どこに行っちゃったんだろうあの人たちは、と映画を見て思い出しました。それから、昔監督が事務所を構えていらした、表参道のあたりなんて、今や、ごみごみしたものに全部ふたをして、いわゆる外資のすべてきれいなものしか表に見せない、みたいな風潮が、真逆のところでは、強く進んでいるんです。
W:
あそこ、昔は、宇田川が流れてたんだよ。
F:
監督の事務所は、どの辺だったんですか?
W:
セントラルアパートの裏側のあたりだね。
F:
今通ったりされることはありますか?
W:
あるよ、撮影にも使ったし。
F:
むかし上野なんかだと、傷痍軍人がいたりしましたが、そういう物乞いもう全く消えましたね。ヨーロッパとかを旅行していると、内争とか、紛争があるので、実際にパリでも傷痍軍人はいます。
W:
日本に傷痍軍人はもういなくなったんだよ。むかしは、神社とか、お寺とか、人の通るところには必ずいて、お金をもらってたんだけどね。
F:
そういった人たちがもう神社にもいないので、神社がいったい何を祀っているところなのかを、知るチャンスもなく、単純に遊び場の一つとして、なんとか神社にお正月だから行こうかって。
W:
まあ、むかしから、今の若いものはって、俺たちの若い時も、言われてきたけども、特に今の若いものは、まず、ニュース聞かないでしょ。新聞読まないでしょ。例えば、靖国ってのは何かもわからないでしょ。靖国今度は閣僚が全部行かないけど、なんで行かないか。そういうのに興味も持たないのかね。
F:
それも不思議で。むかしから、家族団らんで、7時にテレビを囲む時も、まず、ニュースだったのが、今や、民放ではほぼないですからね。NHKしかない。
W:
よそはもう、吉本のお笑いしかないんだよ。
F:
考えなくてもいい。
W:
考えなくて、けらけら笑って手を叩いていりゃいいのと、料理番組。「ああ、おいしいーっ」って、何でもおいしいって言ってりゃいいと思ってさ。味なんかおまえにわかんのか?人間の舌ってのは、オギャーって生まれて3歳の頃に食べた味がいちばん脳に残ってんだよ。そのときちゃんとうまいもの食ってなくて、ジャンクフードばかり食ってきた連中が、「うまい」なんて言ってもね。料理作った人に悪いよ。
F:
映画の中で、両手両足なくなって、身動きが取れなくなっても、そこに残る食欲と性欲が象徴的に映し出されています。今の私たち若い世代に置き換えてみると、両手両足もあって、こんなに自由なのに、意外とかぶさるところがある。結局、両手両足があって、考えることもできて、口でも自由に伝えられるのに、食欲と性欲が満たされれば、軍神と同じような状況になっているなと、私は感じました。
W:
だから、見ざる聞かざる言わざるの軍神と同じように、おそらく考えない方が楽だとおもって考えないんだろうし、ジャンクフードのハンバーガーばっかり食ってさ、それで、セックスばっかりやってんだよ。
F:
すぐ手に入るわかりやすい快楽ばかり。だから軍神と、両手両足持っている私たち今の世代とは、同じです。
W:
そりゃ人間だからね。快楽を求めるのは、当然なんだけどね、生きるっていうのは、志っていうのは、なにかってことを考えてほしいね。自分が生きてる日本にいても、世界を考える。毎日毎日世界で人が死んでるんだよ。ゲームで戦争をやってるのとは違うわけですから。その辺よね。もっと欲を欠いて、いろいろやった方がいいと、僕はおもいますよ。
F:
食欲と性欲だけが繰り返されるあの映像を観ていて、実際に絶望感を感じたり、嫌悪感を感じたリって、見ていてあるとおもうんですけど、実際に自分に置き換えて、実は同じような状況の中で生活しているっていうことには、なかなか気づくチャンスがないのかなあと思ってしまう。
W:
バカになってるんだと思うよ。
F:
そこに行き着くんでしょうか。たとえば寺島しのぶさん演じる女性は、そんな中でも、軍神とあがめ奉られている人の妻として、絶望的な希望を持って明日に向かっている姿がありますよね。
W:
希望って言うより、そうせざるをえなかった。今の女性に、手足がなくて顔がやけどのやつが、ぽーんと預けられたらどうする?一日も持たないだろう。逃げ出して行くでしょう。
F:
それで性とか強要されたら、もう。
W:
いくら金もらってもいやでしょう。