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Keiichiro Hirano

Keiichiro Hirano meets Pierre Hermé

美味対談 ピエール・エルメ×平野啓一郎

2010.10.14 update | INTERVIEW

photographs:Tohru Yuasa(B.P.B.)

写真は、ピエール・エルメ(右)と、平野啓一郎。ホテルニューオータニで対談。

常に新しい味覚の領域を開発するクリエーティブなパティシエ(菓子職人)として、フランス国内のみならず、世界的に注目されているピエール・エルメ。毎年「パティスリー・コレクション」として新作を発表し、「パティスリーのオートクチュール」を提唱したりする姿勢は、どこかファッションとも通じる。
とりわけ、人気のマカロンは、斬新でありながら、深いおいしさがあり、エルメの名前を不動のものにしている。
東京でのコレクション発表のために来日したピエール・エルメと、自身もエルメファンを自称する作家の平野啓一郎との美味をめぐる対談は、ピエール・エルメが新作の菓子を披露しながら行われた。

1.「陰翳礼賛」から始まる、小説とスウィーツをめぐる話。

平野啓一郎(以下KH)
僕自身ピエール・エルメのお菓子が、ずっと大好きで、今日はお会いできて光栄です。楽しみにして来ました。
お聞きしたいことはいろいろあるのですが、谷崎潤一郎の『陰翳礼賛』という本を読んでいた時に、二つの点でエルメさんのお菓子を思い出したんです。
ひとつは、有名な箇所なんですけど、羊羹を食べた時に、「あたかも室内の暗黒が一箇の甘い塊になって舌の先で解けるのを感じる」と、日本の空間文化がお菓子の中に凝縮されているというようなことを谷崎は書いていて、フランスだと、それはどういうものなのかなと考えた時に、ふっとエルメさんのマカロンが思い浮かんだのです。もう一つは、谷崎はコンサバティブな人ではなくて、日本が近代になって、ヨーロッパからいろんなものが入って来た時に、自分の日本の家屋の中に、舶来の家具だとか、電化製品なんかをうまく配置しようと思うのに、なかなか調和させることが難しいということを、『陰翳礼賛』の最初の方で書いているんです。
マカロンに代表されるように、エルメさんが、今まであまりなじみのなかったようなフレーバーを、一つの味の中にうまく調和させて、異質なものを非常に伝統のあるものの中にとけ込ませていく、うまく配置させていくことに、いつも感動しているんですけど、『陰翳礼賛』のその箇所を読んだ時、やっぱりエルメさんのお菓子のことを考えました。
ピエール・エルメ(以下PH)
確かに私は、フランスにはない素材を使ったりしますからね。日本の素材ももちろん。それから、スウィーツの世界では通常使わない素材も使いますね。料理の世界からだけでなく、香料の世界から取ってきたりもするんです。
KH:
それは、普段いろんなものを食べたりする時に、ふと思いつくんですか。それとも、机の前に座っていろいろ想像している時に、思いついたりすることなんでしょうか。
PH:
生活の中で、ですね。食べたい気持ちが起こると、そこからスタートするのです。ただし、素材を発見しても、それが作品に使えるようになるには時間がかかります。ゆずもその一つです。初めてゆずを発見してから、使えるようになるまでに15年くらいかかったんですよ。
KH:
時には、これもマカロンのフレーバーになるんだというような意外なものも使われたりしていますけれども、自分で作っていて、難解なものができてしまった、というように感じることはあるんでしょうか。そしてそういう時には、どういう風にして、わかりやすい、アクセスしやすい味に戻して行くんでしょうか。
PH:
おいしいければいいんです。味に、難解ということはないと思います。おいしいか、おいしくないかなのです。もちろんそれを判断するのは私なので、判断するにあたっては、距離を置くようにはしています。
KH:
小説を書いていると、長く考えているうちに、時々すごく難解なものができ上がってしまうことがあるのです。自分としては楽しめるけれど、多くの読者にとっては、難しかったというようなことがあって、エルメさんご自身は、かなり複雑な味を判断できると思うんですけど、ご自身がおいしいと思うものと、多くの人がおいしいと思うものとの間に、距離を感じるようなことってありますか?
PH:
おいしくないと言われたら、それまで、というところなんですが、それで、気がすむかといえば、そうではない。たとえば、バラを初めて使ったのは、25年前の話なんですけど、そのときの周囲の反応は、これはちょっと食べられないとか、あるいは、変だ、というものでしたが、25年経って、今、イスパハン(バラと、フランボアーズとライチのケーキ)は、うちの定番になっていて、一番売れているケーキなんです。
難解ということを気にしすぎると、マスマーケット向けのような商品になってしまいますが、それは私には興味がないのです。多分小説を書くときも同じように、やりたいことをなさると思うのですが。私は作品を作るときは、他の人と分かち合うために作っているのであって、他の人のために作っているわけではないのです。この二つの態度は全く別物だと思います。
KH:
実際に作っている過程でスタッフのかた達と議論を重ねたりすることってあるんでしょうか。
PH:
ないですね。というのは、最初から、かなり正確な、結果までの構想があり、できた時に、レシピを書いたり、絵を描いたりして、スタッフに渡して作ってもらっています。多少の議論はありますが、あくまでも技術的な話で、本質的な部分は、すべて私の考えです。スタッフには二人いて、ひとりは私と一緒に17年間やってきていて、かなり腕のいい人間ですので、技法や作り方については、彼との議論でもっと工夫できることがあったりしますが、アイディアそのものは別なんです。
小説を書く時にも、アイディアを誰かと分かち合ったりとかは、しないのではありませんか。
KH:
小説の場合は、最初に編集者とテーマについて話し合ったりすることはあるんですけれども、やっぱり基本的には出来上がるまでは一人で作りますね。その後、最初の読者として編集者の意見を聞いて、多少議論するんです。それは、作家によっても違うんでしょうけど、というのは、未知の味とか、未知の色とかは、まだ楽しめるところがあるんですが、言葉は記号だし、観念だから、知らないとなかなか楽しめないところがあって、小説の場合、新しい世界観であればあるほど、意図していなくても、ついつい難しくなってしまうことがあります。でき上がったあとに編集者の意見を聞いて、議論して、全体のデザインに手を入れたりします。
難しいのは、イスパハン僕は大好きなんですが、最初から全員がおいしいと言ったわけではなくて、多少時間がかかったというように、小説の場合も、最初の読者である編集者に読ませた時に、これはちょっと、ということがあるんですね。だけど、長い時間をかけてでもこれは伝えて行くべきだというときに、新しいから受け入れがたいのか、それとも、お菓子でいうとおいしくないから伝わりにくいのか、その判断が難しいところですね。
PH:
別の観点から言うと、お菓子作りの背景には文化もありまして、たとえば、味覚の文化とか、素材の文化とか、それぞれの素材がどこで生産されているかという知識がないと、なかなか新しい創作はできないんです。平野さんの小説はあまりくわしくはないのですが、日本の歴史に基づいていろいろ書かれていますよね。やはり創作するたびに、日本の歴史を深く勉強しないといけないのでしょうか。
KH:
僕は、作品ごとにいろんなスタイルで小説を書いているので、先ほどお渡しした『一月物語』は、日本のちょっと前の時代が舞台になっているのですが、SFのようなものも書けば、現代を舞台にしたものもあります。小説も長い伝統があって、日本の中にも源氏物語以来の長い歴史がある一方で、近代になってからヨーロッパから伝わって来たものという側面もあるんですね。フランス文学も僕大好きですし。そういう長い射程の中で、今小説にどういうことができるのかというようなことを考えた方が、結果として大きな前進をもたらすものが作れると思うんです。
対談の最初に難解という話をしたのは、日本人は昔、フランス文学のスタンダールやバルザックというのは、おいしいと思って食べていたんですね。フランス文学は非常に人気がありました。ところが、たとえば、1960年代にフランスではやった、ヌーボーロマンの、たとえば、ナタリー・サロートだとか、フィリップ・ソレルスというのは、食べた時に、一言で言うと、難解な味で、あまりおいしくなかったんですね。それで、フランス文学を読まなくなった人もたくさんいる。だけど、どちらも、すごく日本の文学に影響を与えていて、特に、複雑だけど、おいしくない文学の影響を受けたあと、どこからもう一回、小説をおいしいものにするのかということに、日本の作家は苦労した時期があったんです。
PH:
多分、難解というのは、あるものについてどういう知識を持っているのかとも関係があるのではないでしょうか。
KH:
そうですね。テーマとか表現とかいろいろあるんですけど、読む人にとって、おもしろいかどうかというのは、かなりはっきりあると思うんですね。文学自体の可能性を広げようとする、それから、文学を通じて、人間の発想や生活の可能性を広げようとすると、未知のものにトライし続けなければなりませんが、それは、味覚のように、おいしい、まずいという判断ではなくて、もうちょっと判断基準が複雑で、ある意味では曖昧で、こういうこともできるんじゃないか、ああいうこともできるんじゃないかと言ってた間に、読者がかなり離れてしまったというのは、現実としてありました。
PH:
ただやっぱり、おいしい、おいしくないというのも、どういう知識を持っているかによって、変わってくると思いますね。

Keiichiro Hirano

Keiichiro Hirano

Keiichiro Hirano 写真は上から、エルメは平野から贈られたフランス語版「一月物語」を、かたわらに置いて。テーブルの上には、トレイに、新作のマカロン、チョコレート、ケーキが用意されていた。これはケーキの盆。エクレール アジュール(ゆずとビターチョコレートのエクレア=奥)、右は、エモーション アジュール(ゆずのジュレとチョコレートムース)、左はタルト マホガニー。