2009年7月アーカイブ

09/07/29 Wed 01:00
ヴィオネ展1階一番奥には彼女がパリ、
モンテーニュ通り50番地にオープンしたお店のサロンが写真で再現されています。
写真右の女性にご注目下さい。実は彼女はこのお店で働いていたのです。
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お名前はマダム オンリエット、現在96歳、展覧会にヴィオネの関係者としてご招待されたお客様です。
彼女はヴィオネと一緒にお仕事をしていた方なのです。
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彼女の後ろに付いて、ご一緒に来られた方とのお話を聞いているのはとても楽しかったです。
耳が少々遠いのでしょう、お供をされている方が大きな声で話しかけます。
すると彼女も大きな声で、
「これこれ、これと同じドレスを私も縫ったんだよ、難しいドレスだった。
これは友達の**が泣きながら、何度も縫い直してたね。
ああ、懐かしい、仕事が面白くてね、楽しくてね、
でも今も元気で、アクセサリーを作ったりしてるんだよ。」と話されるのです。

彼女に興味を持ったのは私だけではなく、他の取材の人も話しかけました。
ーヴィオネはどんな人だったんですか?

一瞬、彼女は考えて、
「友達に手紙で書いたよ、マダム・ヴィオネのことは。」

ーそれを発表したりしないのですか?

「どうして? なぜ私の思い出を他人に話す必要があるんだい、私の大切な物を。
私と友達が知っていれば良いんだよ、私の思い出だから。」

「ふむぅ、」その通りだと私も思いました。
そんな会話の後に、彼女は嬉しそうに、実に嬉しそうに展覧会の中に溢れる彼女自身との思い出と会話をしていました。

マダム・オンリエットが働いていた当時の労働者は殆ど、劣悪な条件下で仕事をしていました。
しかし、ヴィオネのメゾンでは現代と殆ど変わらない、いや、むしろ今よりずっと良い条件で働くことが出来たのです。

みんなが気持ちよく働けるようにアトリエには大きな窓があり、無料で昼食が提供され、
休息時間と有給休暇、女性には産休を取る権利も与えられていました。
歯科も含めて病気の治療も無料で行われ、ジムさえも会社の中にあったのです。
また新人にはヴィオネのテクニックを教える教室も開かれていました。

自分の幼い時のような思いを従業員にはさせない。
彼らの保護者になることにヴィオネは誇りを持っていたのです。
後年、幾度もヴィオネは「ドレスメーカーの地位を単なる手仕事から職業に高めたかった。」と語ったそうです。

では、会場2階へと上がり続きを見ていきましょう。
ここにはヴィオネの円熟期といえる1930年から1939年までドレスが展示されています。

1930年に発表されたドレスです。
会場がとても暗いことが写真からでもわかると思います。
7ヶ月に渡る展覧会に傷みやすい繊細なドレスが耐えるには光を抑えるしか無いのです。

はぁ〜、写真撮るの、本当に大変でした。
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ヴィオネの作品の中で、非常に珍しいプリントのドレスです。
今回の展覧会でもプリントはこのドレスだけです。
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こちらは現存する数がとても少ない街着です。
街着は使用頻度がイヴニング・ドレスよりずっと高いので、殆ど残っていないのです。
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この貴重な資料からヴィオネが何の用途であるかに関わらず、
丁寧に服作りをしていたことを見る事が出来ます。
右にドレスは身体によりフィットする様に独自のカット技術を駆使し、素材の研究もされているのです。


ヴィオネの肖像画です。絵の上に漆を塗ってあります。
白髪は日本の技術を真似、卵の殻を細かく砕いたものが使ってあります。
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1931年のドレスです。
この年にねじり、輪、巻き付け、結びなどを使ったドレスを発表します。
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ヴィオネほどフリンジを使いこなした人は他にいないと言われます。
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そして、彼女ほどコピー商品とまじめに戦った人もいないでしょう。
彼女は泥棒のようなコピーを憎みました。
なぜなら、盗むだけではなく、粗悪品になってしまった作品を人々が目にするからです。

シャネルと一緒にコピー商品を売る店を告訴しますが、コピーは少なくなりません。
そこで、彼女はドレスのタグの全てに彼女の指紋を押した物を使ったのです。

これは公に出る事を嫌った彼女が自ら出演したアンチコピーのキャンペーン・フィルムです。
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ヴィオネは全ての商品をコピーから守る為に番号を付け、モデルを使った写真で商品登録しました。

この様にモデルの前と後ろに鏡を置き撮影することで、
1枚の写真にドレスの各角度からのドレスを写したのです。
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代表的なドレスが年代順に並びます。
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円断ち手法を使った華やかなドレス。
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ドレスの仮縫いは2回で済む時もあれば、5回も6回も行われることもあったといいます。
仮縫いの係が満足出来ずに、縫い直す事も多々あったそうです。
何もかもが完璧になるまで完璧に行われたのです。
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1938年のドレスです。
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そして、ヴィオネ最後のコレクションとなる1939年のドレスです。
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一番左のウエディング・ドレスがショーの最後を飾りました。

なぜ、最後のコレクションになったのか?

戦争の足音が聞こえて来たのです。
1940年パリはドイツ軍の占領下に入りました。

リボリ通りの店を閉めたのも第1次世界大戦が理由でした。

1945年第2次世界大戦が終わった時にヴィオネは既に70歳。
賃金の高騰とヴィオネのこだわりの服作りではコストが高くつきすぎて採算が合わなくなっていました。

メゾンを再開しても自分の服作りは出来ない。
ヴィオネは静かに引退します。

引退した後も元の従業員の応援を続け、自宅でドレスメーキング学校の講師への講義を行なう等の活動を続けます。

しかし、93歳のときに親友のバレンシアガを訪問中に倒れ、
1975年、「モードのピューリスト(潔癖主義者)」は98歳で天に召されます。

実ははじめは、なんて地味な展覧会だろうと思ったのです。
写真や音楽などが殆ど使ってなく、ドレスの背がよく見える様に鏡の前にテーマごとに、
時代ごとにドレスが並べてあるだけで、ドラマチックな演出らしい、演出が殆どない様に思えたのです。

演出担当はアンドレ・プットマン。
(世界的なインテリア・デザイナーであり、人々が忘れ去ってしまった過去の作品のリプロデューサーとして有名な人。)

ですが、プットマンの意図が最後のドレスを見終わったときにわかりました。
大げさな演出などヴィオネのドレスには必要ないのだと。

一体、一体のドレスが素晴らしいのです。
決して、今でも直ぐに着れるような、だとか、永遠のドレスなどとは言いませんが、
高度な技術を持つ者のみが作れる美しい作品なのだと思います。


「(ヴィオネの服は)誰にも真似出来ない芸術だ。」
アズディン・アライアの言葉が全てを代弁してくれているように思います。

本当に、良い展覧会をまた見せて頂きました。心から感謝致します。


パリに来れないという方には:
装苑12月号での展覧会の特集が決まりましたよ、どうぞ、お楽しみに!

服飾装飾美術館のサイトではヴィオネの服が詳しくご覧に慣れますよ。
サイトの小さい写真をクリックすると拡大写真になり細部までよく服を見るとことが出来ます。

2010年1月31日まで。
Les Arts Décoratifs (装飾芸術美術館)
107, rue de Rivoli 75001 Paris
開館日:火曜〜金曜 11時〜18時、木曜は21時まで、土曜と日曜 10時〜18時
閉館日:月曜
入場料:8ユーロ
地下鉄:Palais-Royal

Photos / Chieko HAMA
Texte  / O.T



09/07/22 Wed 22:50
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Les Arts Décoratifs
(服飾芸術美術館)で行われている
マドレーヌ・ヴィオネ モードのピュリスト』の第2弾です。

ココ・シャネル、ポール・ポワレらと同等に評価され、ある意味では彼ら以上の仕事を残しながら、
今まで、大きく取り上げられる機会が少なかったモード界の偉人マドレーヌ・ヴィオネ。

彼女の大回顧展に入る前に彼女の生い立ちをお話ししましょう。

幼い時に母親に捨てられ、父親の男手一つで育てられました。

勉強が良く出来る子供で、学校の先生も本人も教師になることを願っていました。
しかし、近くに住んでいた仕立て屋のマダムは自分の見習いが欲しいばかりに、
「教師になるなんてお金と時間がかかるだけよ、手に職をつけるのが一番。そう、お針子のようにね。。。」と父親に入れ知恵をして、あっさり、彼女の人生は変わってしまったのです。

今から100年以上も前にマドレーヌ・ヴィオネはお針子として11歳で仕事を始めました。

ヴィオネは悔しくて、悔しくて堪らなかったそうです。
「仕立て屋のマダムを許せませんでした。でも、自分の手先が器用な事に気づいてからは許す事が出来たのです。」と後に話しています。

幼くして、彼女は他人とは違う何かを持っている事に気づいたのです。

それからは誰よりも優れたお針子になることを目指し、悪条件の中で働きました。
毎日12時間以上、週末も休めず、バカンスもなしで。

そんな中で、またもや父親から望まぬ結婚を18歳でさせられるのです。
直ぐに妊娠して、子供が生まれました。でもその子は僅か9ヶ月でこの世を去ります。
子供を失ってからヴィオネは、自分以外の人間が自分の人生を決める事をきっぱりやめます。

離婚が珍しい時代に夫に別れを告げ、若干19歳で一人ロンドンへ旅立つのです。

ロンドンではリード医師の家族の為に働きます。最初は小間使いのような仕事をしていたのですが、
彼の家族の女性達の服を作る様になりました。
リード医師はヴィオネの服への才能を認め、よりプロフェッショナルな仕事を紹介してくれました。

彼女はフランスの一流メゾンの服のコピーを作る仕事に就きます。
(当時はコピー商品は二通りあり、
一つは無許可で作られるコピーと許可を得て作られるオフィシャル・コピーです。)

それから5年、コピーを作る事で、おかしなことにイギリスでフランスのメゾンの服作りを学んだのです。
1900年、彼女の望郷の想いは募り、24歳でパリへと戻ります。
ロンドンからドレスメーカーとしての一流の腕を持ち帰り、パリで服作りを始めたのです。

はじめに勤めたキャロ姉妹の店では、たんなる職人から創作に目覚め。
ドゥーセの店では身体を締めつけるコルセットから女性を解放し、女性のボディ・ラインの美しさを最大限に引き出す布扱いヴァイアス・カットを考案しました。

ですが、あまりにも時代の先を走りすぎました。
彼女の作るドレスは同じメゾンの仲間である売り子から受け入れて貰えなかったのです。
一人の売り子が「そんなものはここでは売らせないわ、店を開いて、自分で売ったらいいのよ。」
とヴィオネを笑いました。

そのときに「店を開こう」と彼女は決心しました。
頑固な反対者がいる一方では熱烈な彼女のファンも存在したからです。

1912年、ヴィオネはついに、リヴォリ通り222番地に最初の店を開きます。

では、会場に入りましょう。
入り口でお迎えしてくれるのは、ヴィオネが人生で間違いなく一番多くの時間を共に過ごした人形です。
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この人形の上で、幾何学的に裁断したシーチングをつなぎ合わせてドレスを作っていきました。

ヴィオネは、
「クチュリエとは幾何学者であるべきだと思います。
なぜかというと人間のからだは幾何学的な形をしているので、
それを布に関連づけなければならないからです。
女性が笑うとき、そのドレスも笑うようにつくらなければ。」と言ったそうです。

会場の1階では、"Roses" 好んで使ったモチーフのバラ、
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ヴィオネが用法の生みの親でもある「Biais」 ヴァイアス・カット、
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「飾り付け」、
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「幾何学」、
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「装飾」、
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「トランスペアレント」、
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「輝き」、
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「マテェリアルの用法」、
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等々と題されて、各コーナーでヴィオネのドレスの特徴を紹介しています。

そして、一階の一番奥の部屋で、ある女性との出会いが待っていました。。。


Madeleine Vionnet "Puriste de la mode" 3 へと続く。。。


2010年1月31日まで。
Les Arts Décoratifs (装飾芸術美術館)
107, rue de Rivoli 75001 Paris
開館日:火曜〜金曜 11時〜18時、木曜は21時まで、土曜と日曜 10時〜18時
閉館日:月曜
入場料:8ユーロ
地下鉄:Palais-Royal

Photos / Chieko HAMA
Texte  / O.T

09/07/15 Wed 18:19
7月14日は、1789年のフランス革命を記念した祭日。
一日中パリはお祭り騒ぎになります。シャンゼリゼでは軍事行進が行われ、
夜はエッフェル塔で花火が打ち上げられるなど、国をあげての大イベントに市民や観光客で賑わいます。

今年はエッフェル塔120周年でもあり、昨夜の花火大会ではエッフェル塔からたくさんの仕掛け花火が飛び出し、観客の「ブラボー!」という喝采が夜空に響き渡りました。


2009パリ祭03.JPG

texte et photo / M.M


09/07/01 Wed 23:40
フェルディナンド・シアナ(Ferdinando Scianna)の"幾何学と情熱"(La géométrie et la Passion )、
と題された写真展がヨーロッパ写真館 (Maison Européenne de la Photographie)で始まりました。

Magnum Photos(マグナム フォト)のメンバーであるシアナはイタリアの南、シシリアに生まれ、
現在はミラノを中心に活躍しているカメラマンです。

ご紹介します、シィニョーレ シアナです。
明るく、イタリアなまりのフランス語で話してくださいました。
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シアナが世に出るチャンスをくれたのが写真の人"アンリ・カルチエ-ブレッソン"です。
IMG_0955_3.jpg
展覧会の入り口に飾ってある写真の下には、
「アンリ・カルチエ-ブレッソンとレオナルド・シャーシャへ、彼らの友情に感謝します。」とあります。

インパクトのある写真が並んでいて圧倒されていると、写真を食入る様に見るおばあさんがいました。
写真が持つ意思の強さとおばあさん。
そのコントラストが面白く、ついて行ってしまいました。
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小さい方でした。多分140センチくらい、でも本当に熱心に見ているのです。
IMG_0958_2.jpg
おばあさんと一緒にシアンの言葉を聞きながら写真を見て行きましょう。

シアナの言葉1)
私にとって、写真は仕事であり、生活の手段だ。
フィルターを通して私と世界が関係し、世界も私と関係するのだ。
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シアナの言葉2)
写真が世界を変えるなんて言わない。もう二度と言わない。
だけど、どうしようもない写真は世界を悪くするんだよ。
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Les ghâts, Benares, Inde, 1972 © Ferdinando Scianna / Magnum Photos


日常を切り取り、普通である事がどれだけ素晴らしいことかを教えてくれる写真が沢山あります。
IMG_0966_2.jpgシアナの言葉3)
私は写真家であり、写真はメタファー(隠喩/ある物を別のもにたとえること)ではありません。
写真は見るもので、何かを証明するものではないのです。
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IMG_0972_2.jpg
シアナの言葉4)
写真が世界の鏡と成り得る場所は、世界も写真の鏡に成り得ると思う。
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彼女に話しかけようかと思いました。
IMG_0975_2.jpg
シアナの言葉5)
最終的には、私の仕事である写真家とは何なのか? 試行錯誤しながら見つめて、希望的に見つめる。

何をしているんだろう?と思う。

でも、30年も前に忘れてしまっていたプーシキンの言葉で希望を取り戻すのだ「利口がらずに話をしよう」。
IMG_0996_2.jpg報道カメラマンとしてスタートしたからか、
彼の写真は見る人が判断する、または、写された状況を思考する作品の様に感じます。

シアナの言葉6)
40年間の仕事と熟考の後に、最も撮りたかった写真は家族アルバムの中にあると確信した。
大学では哲学を専攻し、ミラノでルポルタージュ写真家として活動後、
特派員として10年間を過ごしたパリでカルチエ・ブレッソンと出会います。
1989年にはマグナム・フォトの仲間に入り、
モード写真や広告写真と国際的に仕事の場を広げつつ、今もルポルタージュ写真を撮り続けているのです。
SCF972_2.jpg

Défilé de mode, Paris, 1989 © Ferdinando Scianna / Magnum Photos


手すりにつかまり階段を下りて行く彼女に、「お手伝いしましょうか」って、声をかけました。

カメラを持っていたので彼女から「あなたも写真を撮るの」と訊かれました。

「はい」と答えると、「品のいい写真を撮りなさいね。」と一言だけ言われました。

IMG_0982 のコピー.jpg


10月11日まで。
5/7 rue de Fourcy 75004 Paris
Tél : +33 (0)1 44 78 75 00 
開館日:水曜〜日曜 11時〜20時
休館日:月曜、火曜、フランスの祝日
入場料:6.50ユーロ
*水曜は17時から入場無料
地下鉄:Saint Paul (1番線)または、Pont Marie(7番線)

Photos / Chieko HAMA
Texte   /  O.T

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