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クリエーターズ・ブログ 藤田雅美

13/11/28 Thu 09:13

『暮らし方がかわっているのに、カタチだけ、むかしのままに残しておこうというのでは、へんなことになる』(花森安治 週刊読売 1955年 1月2日号)


伝われば良い文章


 「基礎・基本が大切である!」という恐ろしく説得力を感じさせるご託宣に、私はいつも怯え、何とか反論を試みては立ち往生している。こうして書き綴っている私の文章のどこに基本があるのかと問われたら当の本人が何の解説もできないお粗末さだ。書きまくって、いつか呻吟せずに書けるようになったのだし、他人に伝わる文章にするために苦しみまくる快感を体得してきただけだと思う。
 文章教室で「とりあえず・・・読んだ人に伝われば良い文章」と言っちゃう講師なもので、生徒はチンプンカンプンだろう。話題が逸れるが、優秀なはずの官僚の表す文章や政治家の答弁は私たちに伝わらないという理由で悪文の最たる例だと思っている。さらに基本であろう文法をマスターしたら素晴らしい文章を書けるということも「全く」ない。「一筆啓上 火の用心 おせん泣かすな 馬肥やせ」という手紙の迫力は文法の力が及ばなくて良い文章になるお手本だ。


素晴らしいいい加減さ


 こんなことを考える私は、やはりファッションの世界で育ってきた人間だからではないかと思う。専門教育や新入社員教育では接客○大用語などを暗唱させ、お辞儀の仕方まで基本があると叩き込む。だが、現場ではTP0に応じてフレキシブルに使い分けることこそ効果的で、むしろ基本に忠実な対応が逆効果になる場合があることも心得ているのが我が業界だ。「いらっしゃいませ」より「どうしたの?元気無さそうじゃない」というタメ語の方が顧客との交流が深まり高まる場合を認める「いい加減さ」が素晴らしいと私は思う。51BqNyfGkhL__SL500_AA300_.jpg
本縫いよりもロックミシンでアバウトに仕上げたほうが商品の価値を高める場合もある。

 過去のシキタリ、基本・基礎以上に、現場の一人ひとりが自由闊達に創意工夫を出し合い、失敗も成功も重ねて成長してきたのが我がファッション業界ではなかったか。経営陣・上司に最終判断を委ねるような体質が比較的弱く、一人一人の試行錯誤と実践を重んじたからこそ、商品開発でも業態開発でも販売技術でも豊かな成果を上げてきた例は枚挙に暇がない。
 若者向けのカジュアル服や食品のスイーツを現場で試作させ、年老いた経営者や部長が善し悪しを判断するなど、私は吹き出したり寒気がしたりする。いくら経験はモノを言うといっても、若者の現在のライフスタイルに適合する味や色や形は若者の判断の方が勝る可能性が高いではないか。経営陣・上司は口出しをせず、結果に責任を負えばいいのだと私は考えるが、偏りすぎだろうか。
 現場を尊重し、過去のシキタリやシガラミに縛られずに伸び伸び仕事をする環境が我がファッション業界でも狭くなり、弱くなっているのではないかと私は憂慮している。


若者は窒息して自閉する


 とりあえずの私の結論は「基礎・基本の力はある。が、個人の為事はそこを起点にしてはならない。キャリアを積んで立ち止まった時に照らし合わせるのが基本と基礎なのだ」。読む人に伝わりにくい悪文だが・・・。基礎・基本はそれを強いる先生・先輩こそ学んでほしいものだと憤慨している方が多いのではないかしら。
 デザイナー、カリスマバイヤーなどを夢見て入学する学生に一律に運針や財務諸表の見方から教えるのでは、可能性の芽を摘んで才能を潰しかねないことは体験的に訴えたいこと。私の学生時代に世界の教育学者の諸説を知識として知らない奴が、偉そうに教育を語るなと叱り飛ばした教授がいた。フランス語をマスターできない奴がフランス文学を分かるわけがないと嘲った教授がいた。今思うと一理も二理も?ある含蓄に満ちた「指導」ではあろうが、若者の私は激しく落ち込んだ。落ち込んだばかりではなく、反発と離反のベクトルに作用した。
 基礎・基本を金科玉条のごとく持ち出しては、若者は窒息して自閉するしかなくなる危険性を私たち人生の先達は心得ておこうではないか。


基礎を学びたくなる


 ある専門学校の入学案内を見ていて「私たちは基礎・基本を教え込みます」というキャッチフレーズが気になった。後期高等教育の場で「基礎・基本」とは何だろう。学校教育で学んだことは、仕事の現場ではもう一度叩き直さなければならないという主張も実際にかなりあるなかで・・・。
 後期高等教育とは社会に出てから始まるだろう専門的な学習・学問を「主体的に制約なしに探る」段階ではないかと私は考えている。社会に出てから必ず出くわし、学び続けなければならない専門知識や技術は日進月歩の変化に対応できる力を要請されるものだ。だが、学校で伝えられる知識や技術は過去に蓄積され、試され済みの質に留まらざるを得ないのが現状だろう。稀に工業とか工芸と名のつく大学で実社会とリンクするような環境で学んでいる例があるとは思うが、産学共同も私の思い描く後期高等教育から考えると必ずしも賛成できない姿だ。
 欧米の実際は体験したことがないが、アメリカでは20歳そこそこで人生を決めることはできないという思想から後期高等教育も構えられていそうだ。だから転部、転科がかなり自由だと聞くし、在学中のインターンシップが推奨されているし、大学を出た学生も卒業と同時に就職する例は少なく、海外放浪を含めて、いわゆる自分探しをしてから、ようやく専門職業に就く人が多数だということだ。散漫な話題になってしまったが専門学校のキャッチフレーズは「私たちは貴方の未来に役立つ基礎・基本を学びたくなる環境を整えています」というのがより良いのではないかしらね。
 花森さんの文章では「暮らし方が変わっているのに」という部分に私は敏感に反応する。私はすでに社会の中核にいるのではなく、ましてやビジネスの最前線から離れた存在だ。その自覚をしっかり持って、このブログのタイトルように「噛み付いたり、口出しをしないように」これからを暮らそうと思う。で、今回でこのグログを閉じることに致します。


最終回にあたってのご挨拶


 2008年、文化出版局が「ファッションjpネット」という魅力的なサイトを開設しましたが、文化服装学院との契約仕事に就いていたことで、このブログを書くチャンスに恵まれました。以来毎回1200字くらいで、およそ50万字を浪費する駄文を405回重ねてきたことになります。
 はじめの頃は私の仕事にリンクして、主に就職で悩む学生にエールを贈るような内容で、私の仕事のブラッシュアップにも役立ちました。文化を離れてファッションを私なりに腑分けするような内容に挑みましたが、現役を離れた弱点を自覚せざるを得ませんでした。そんな時に花森さんの論文集が発刊され、驚愕するような現代への警鐘に満ちていて、多くの方に知っていただくと同時に私の体験談を書く形式で続けてまいりました。
 私の狭く偏ったモノの見方・考え方に辛抱強く付き合いくださったことに心より感謝申しあげます。このサイトは今月末で終了しますので、私のブログも共に閉じさせていただきます。これからしばらく時間をいただいて、再びお読みいただく機会を探っていこうと考えていますので、これからもよろしく。
 このブログに参加させていただく導きをしてくださった鈴木佳行さんはじめスタッフの皆さん、イラストで励ましてくれた増田恵一さん、そして花森ワールドに近づけてくれた小島宣明さんにも万感の想いを籠めて感謝と拍手を。

(実際に触れたことはないが、私は未来工業の山田昭男社長に魅かれてきた。「日本一社員がしあわせな会社のヘンな"きまり" 」=ぱる出版。ファッションビジネスが若者にとって魅力を取り戻すヒントはここにあるし、一昔前の我が業界はこんな企業に満ちていたと思うからだ・・・)

13/11/21 Thu 07:54

『むかしだって、いまだって、いい風俗もあれば、困る風俗だってある。その、いい風俗にしたって、むかしは、よくても、いまは、困るものもあるのだ』(花森安治 週刊読売 1955年 1月2日号)


紫のストライプスーツ


 自分の着る物など、頓着できない若者だった。大学生の頃、先輩に大阪の坊ちゃんがいて高級なツイードで仕立てたジャケットを着たりしていて、憧れまではいかなかったが影響は受けた。彼からJUNのシャツを貰って生まれて初めてブランド物というのを知ったし、着たりした。また同級生に神戸の坊ちゃんがいて、小太りの体型なのに神戸ブランドを着ておしゃれな「神戸っ子」の雰囲気を漂わせている奴もいて影響は受けた。乏しい仕送りとバイト収入では部屋代と食事代を捻出するのが精一杯で、着る物を整えるなど問題意識にも乗せる余裕がなかったのが実態だった。中森明菜.jpg
 繊研新聞社の面接試験を受けることになってハタと困った。私はスーツなど1着も持っていなかった。あわてて買いにいったのだが、何と選んだのは肌色の地に紫と緑のストライプの入ったスーツ。人生初のスーツ、それも試験に向かうスーツとしてはあまりにも非常識だったし、どう考えてもチンピラが目立とうとする姿だし、水商売の風情にほかならない。面接に出てきた社長は面食らったのだろう「もう出来上がっているじゃね~か」と一言漏らして、入社が決まった・・・。社長の真意はわからないが、これほどにハズれた奴も入れておけば面白いかもと思ってくれたのではないだろうか。新聞社の気風と破天荒に成長を見せるFBの局面が、私の掟破りを許してくれたのだと思う。
 今振り返って見ると当の本人はそのスーツが気に入ったし、フツーの格好をしたくないとひたすら「真面目に」選んで、着ていたと思う。「装いのイロハ」も全く知らずに己の感覚だけで着る物を選ぶというのは一般社会人として欠陥があるし、専門家から見れば冷笑を浴びせる対象だろうが、今日まで一貫したモチベーションで、生涯変わることはないだろう。以前にも書いたが、学生デモの、白衣にヘルメットを被り白タオルで顔を隠すスタイルが「絶対に嫌で」、きものを着て姉から借りた赤いストールでハチマキを締めて雪駄で参加したのは着る物にこだわったのではなく、反主流(アンチメインストリーム)・少数派(マイノリティ)に惹かれ、志向する私の心象風景が表に現れたからだと思う。
 そういう私の気質・体質が当時のFBから異端視されることは少なかったと思う。保守の塊に見える呉服業界でも中森明菜がきものを洋服のように組み合わせ着崩して「デザイアー!」と歌う時代だった。仏人マダム・モレシャンが伝統の花鳥風月から離れて振袖をデザインしてヒットする時代だった・・・。

 

ハチャメチャな時代


 学生運動に参加を募る個人ビラを出したりしていたが、B4のビラの真ん中に大きな日の丸をデザインカットしたことがある。当時は黒の謄写版しかなかったのでタイトルは「あの黒い日の丸を撃つのは誰だ」とコピーを考えた。ハチャメチャな時代だった・・・。

 

(このようなきものの着方は、繰り返し試みられるが、定着することはマズ無い。スーツと同じく完成の域に達したパターンとスタイルをきものは持っているからと考えるしかないと思っている。逆説的に言えばだから、これからもきものの着方を破壊する衝動に駆られるに違いない。)

ご挨拶=このブログは来週で最終回となる予定です。

 

13/11/14 Thu 10:13

『門松を、やめましょう、という運動をやっている向きがある。そうかとおもうと、門松をやめるなどもってのほかだ、という向きもある。(略)この古来のシキタリというのは、わけのわからぬ話だ。むかしからの風俗といえば、なんでも"良風美俗"にしてしまう、というのは、考えてみたら、ヘンな話ではないか』(花森安治 週刊読売 1955年 1月2日号)


掟破り


 私は北海道で生まれたから、その土地固有の「古来のシキタリ」の無い環境で育った。さらに中学を卒業すると親元を離れてしまい、18歳からは東京暮らしになったから世代継承するような文化体験も少ない。竹の子族.jpg
 ファッション業界を仕事のフィールドにするなど自分からは思い描いていなかったけれど、こうした育ち方をした人間がファッションに身を置いたのは、とても相応しいことではなかっただろうか。職人世界、芸術芸能分野などでは、まずは過去の法則や決まり事に縛られたであろうし、法律をはじめ規定に則って仕事を進めざるを得ない公務員では、おそらく3日と持たなかっただろう。
 乱暴に言えばファッションは常に「掟破り」を図って毎分毎秒を生きる世界だと感じてきた。ましてや私がファッション記者として自覚を持つようになった80年代はデザイナーを始めとして「新しい」「未知の」「前人未到」の表現とビジネスを活発に繰り広げる局面だったから。未来はわからないが、私は80年代が日本のFBのピークだったと判定している。90年代後半からストリートファッションという画期があったが、産業・業界・業種としての最盛期はココにあったはずだ。私の目から見れば基礎も規定もおかまいなしにチャレンジしていたと思うし、それを業界の古老・先達たちも苦々しく思っていた向きもあっただろうが、認め合っていた印象がある。これこそ、FB隆盛の原動力ではなかっただろうか。何の例証もなく、まくしたてるのは卑怯な文章だが、おいおい綴っていきたい。
 と書くのは直近の体験があったから。ある企業がシロウト・セミプロの主婦たちのTシャツのプリント表現コンテストを企画した。その審査を業界のある大企業に依頼したのだが、30歳代の若い広報が「前例に無い」事だとして瞬時にニベもなく断ってきた。ユニーク・前人未到のビジネスフィールドを切り拓いてきた企業が、いわゆる大企業病に罹っていて、サラリーマン(組織人)体質を露にしたと私は受け止めた。私が勝手に思い込んできたFBのエネルギーはすでに、この業界には無くなっていると思わざるを得なかった。
 かなり1面的な断定をしているが「基礎とシキタリ」についてしばらくは書き綴っていきたいと思っている。


己自身が学び拓く


 学生運動はさまざまな要因があったが「過去のシキタリ」に反発する若者として私は動いていたと思う。何よりも古びたノートをぼそぼそと読み上げる授業に異議を申し立てていた。己自身が学び拓くという根本姿勢が足りなかったと今では反省はしているが。

 

(竹の子族はすでに社会人になっていた私にとっては子供たちのムーブメントだったが、服装のシキタリを笑い飛ばして、いとも簡単に乗り越えてしまった衝撃を見せつけられたと思う。「大人」の私にも多かれ少なかれ影響を与えていたはずだ)

13/11/07 Thu 10:05

『なにしろ、戦争で、あんなにやられたのだから、一刻も早く立ち直らねばとあせる。あせるから"近道"をさがす、ということだろうが(略)それを一見"近道らしきもの"にひっかかって、われがちに駆けだすものだから、きのうきょうの、このザマである。近道とおもったのが、結局は"行き止まり"なのである』(花森安治 週刊読売 1954年 12月19日号)


社長からのケーキプレゼント


 アメリカ企業の話のついでに。私の息子が高校生の頃、シアトルに短期留学をしたことがある。シアトルはボーイング社の企業城下町で、ホームステイ先もその工場労働者の家庭だった。ある日、大きな花束とケーキが届く。なんと奥様の誕生日にボーイング社の社長はじめ幹部の連名でバースデイプレゼントなのだという。これは同社の伝統で、あまねく従業員に対して実施されているらしいのだ。130927-slide-12.jpg
 アメリカ企業というと契約至上主義で、ドライに雇用を切るなど非情な側面ばかり伝わるが、こうした家族を大切にする企業文化は希ではないという。リストラ、レイオフなどはひんぱんに実施されるが、情勢の好転で再び増員する場合は再就職の条件が厳しい中高年から優先するというのも不文律としてあるようだ。総じて日本に伝わるアメリカビジネス事情はホワイトカラー層のもので、ブルーカラー層に関しては、日本以上に家族主義とでもいうべき思想が支配的だと聞いたこともある。映画の小津安二郎作品はアメリカの1920年代の映画に影響されているという指摘もあるくらい家族を大切にする風土は、企業運営にも反映しているようなのだ。以前にこのブログでもいささか興奮気味に素晴らしい企業運営をしていると書いた靴の通販会社「ザッポス」も、こうしたアメリカの伝統的な企業風土・文化を引き継いで花開いた例なのではないかと思わされるのだ。効果的効率主義が謳われた時代には顧客満足が同時並行に追求され、さらに従業員満足も課題として追求されたので、このような話題を思い出した次第。
 さて、効果的効率主義といえば、私は今、ユニクロの「マイ・ユニクロ」の推移を注目している。効率をギリギリまでに追求し、さらに次元の高い効率へと目指していると思われる企業がカスタマイズという一見、効率の悪い取り組みをなぜ始めているのか・・・。素直に良いことだと思うし、FB企業として次元の異なる段階に踏み出したと言えるし、5兆円構想に向かうひとつの布石ではあると思うし・・・。だが、しかし・・・。とても大きな問題提起をしていると驚異、そして脅威にも感じるのだ。


このザマ???

 

 昭和29年のナニに対して花森さんは「きのうきょうの、このザマ」と指摘しているのだろう。この年の11月、吉田茂の自由党に対抗して、離党した鳩山一郎と改進党が合同して日本民主党が結成された。同党は自主憲法制定と再軍備を主張して、政治は大波乱の時代へと進む・・・。今現在の日本の政治局面と照らし合わせても重要な出来事があったらしい。歴史に疎いことに反省しつつ、勉強しなければと思っている。

 

(マイユニクロ=http://www.uniqlo.com/jp/myuniqlo/ より転載させていただきました)

13/10/31 Thu 08:17

『つまり、昨今の森羅万象、ことごとく、"近道"ばかりだが、そういう、一見"近道"らしいものばかり、追いかけているから、一向にトクはしないで、損ばかりしていることになる』(花森安治 週刊読売 1954年 12月19日号)


理想郷レインフォレスト


 何が目的だったか忘れたが、フィルムのコダックや穀物商社のカーギルなど外資系の企業を集中して取材したことがある。なにがカルチャーショックだったかというとオフィスの作り方。取材の目的はソコには無かったのだが、そればかりが記憶に刻まれた。完全個室は無かったと思うが、スタッフ全員にパーテーションで仕切られた半個室が与えられていた。google1.jpgデスクには家族の笑顔のフォトスタンドが飾られたり、汽車や飛行機のプラモデル、はてはフィギュアまで思い思いのままに配置して「苦痛な仕事を楽しく」やる雰囲気に満ちていた。実際に仕事は神から与えられた試練・苦役で、人生の目的を仕事に置かないという発言も聞いた。スタッフが向かい合う「島型」、上司・管理職が正面に座って部下が向かい合う「半島型」のオフィスしか知らなかったので、単純に憧れた!
 そんなきっかけではなかっただろうに、短期間ビジネス英語に挑んだ(もちろん!直ぐに挫折)。が、その時のテキストが素晴らしかった。以下「日本語で読み進んだ」話の顛末はこうだ。
 20年ほど前のNHKのビジネス英会話のテキストでは「ザ・ボディ・ハウス」を運営するイオンフォーレストをモデルにしたと思われる企業「レインフォレスト」という架空の会社を舞台に物語を展開していた。アメリカで就職した日本人のサワサキさんは、はじめっから企業風土の違いにカルチャーショックを受け続ける。そうして初の出張で会社(上司)から以下のような指令が出る。「飛行機はファーストクラスを使うこと。そこそこセキュリティと居住性に優れたホテルをリザーブすること。到着した日にはアポを入れずに十分休養すること。現地で支社の人と飲み食いする場合は、その中で一番ランクの高い人に払わせること・・・」!!!。なんというユートピア!企業は厳密に計算・判定した結果、そのような仕事のスタイルを取るほうが十二分な成果を上げるものだというデータに基づいて規定を定めたと言うのだ。マサカ?と思うほどだが、物語はそのように進んだ。と、いうことはアメリカの企業では、イオンフォーレストでは現実に実行していたらしいのだ・・・。これこそ効果的効率主義といえるのではないだろうか。「ウソだろう?つくり話だろう?」と思わずにはいられなかったが、このドラマはしっかり記憶に残っている。「聞いて極楽、見て地獄」は世のナラいなので、単純に感激する訳にはいかないが・・・。


豪華な米沢牛


 ちょうどその頃、台風の中での米沢ロケがあって、タクシー代がかさみ、かつ夜遅くの撮影後、料亭しか開いていなくてスタッフ6名で15万円と言う豪華な米沢牛をたいらげた。もちろん、上司から経費の使いすぎで精算時にはこっぴどく叱られた。そんなこともあったから、レインフォレストという会社がひたすら理想郷として心に刻まれたワケ。

 

(グーグルではこんなオフィスで働いているとか・・・。全員にこういう環境が与えられているとは思えないけど、私が若者だったら働いてみたいと憧れるだろうなぁ。オフィス家具メーカーを取材すると、しばしば「外患情報の遮断」という言葉が出てくる。働くには周りから遮断されたいという心があるので、それに応える設計が大切というような話だった。当時、書籍や書類を山のように積んでいたが、整理整頓が悪いのではなく私の本能のなせるワザだった・・・。上司・同僚の眼や耳は、まさしく外患情報だものね)

13/10/24 Thu 08:41

『アクセク働くより、ワイロをつかう方が、金もうけの近道と資本家は考えているし、アクセク働くより、ストライキをした方が、賃上げの近道と、労働者は考えている』(花森安治 週刊読売 1954年 12月19日号)


肥後おれんじ鉄道


 効果的効率主義に思いのほか、反響とお問い合わせをいただいた。私には解説できるほどの見識がないのだが、今話題のJR九州の「ななつ星」が共感できる事象ではないだろうか。main_img_02.jpg

 映画の「寅さん」は各駅停車しか乗らなかった。唯一、飛行機に乗ってヨーロッパに行って高級ホテルに居心地悪く滞在するという作品があったくらい。寅さんは「なんで早く着く=短い時間しか乗せてくれない列車の料金が高いのだ?」と発言していたのではないかしらね。傾聴に値する哲学だ。「効率良く」「最速」を追求してきた裏側には客の願いとズレていたこともあるはず。ななつ星は「効果的」を深めたひとつの実践と思いたい。
 私はあるセクションを任されているとき、会議出張で日帰りは原則として禁止!と同僚やスタッフに言っていた。せっかく異なる都市に出かけたのに、その街ウォチングもしないで、つまらん(失礼!)会議だけで帰るなんて、もったいないと考えていたから。当時の主流は、やはり効率で、それで他のセクションと軋轢を起こしたこともある。今、私の知る外資系企業も似た発想をしているようで、宿泊は当事者が必要と判断したら認め、仕事は出張目的のみに絞り、他のアポを入れるのは原則として勧めない。出張目的に全力投球して、二兎を追わないコトが大切だと考えているようなのだ。たぶん自己裁量を徹底して尊重し、確実な成果を上げて貢献すべきという考えだろう。で、余った時間は次のビジネスのための個人のスキルのインフラ充実に当てるべしと。書ききれないので、これに関連した話題は次週も続ける予定だが、20年前、私はそれこそ「目からウロコ」の思いで外資系の企業運営の実態に触れたことがある。
 話を鉄道に戻すと、九州には「肥後おれんじ鉄道」というのもあるそうだ。熊本と鹿児島を繋ぐ第三セクターの鉄道で、沿線の小さな旅に誘い、買い物とグルメを案内するエンターテイメントに徹してきたようだが、この夏からはカフェ車両を設けて貸切で食事を楽しむ旅を提供しているのだそうだ。「ようだ、そうだ」と伝聞で取り上げるのは、私自身が体験していないのに、強く希求しているからだ。効率より「効果的」な移動、旅を求める消費マインドはあるし、市場が芽生えている。いや供給が遅れている、ズレまくっていると見ることも大切なのではないだろうか。その眼からは、リニアは近い将来の移動インフラとして適切なのかどうか。そんなに急ぐ課題じゃないだろうというのが私の意見。


遵法闘争


 ストライキといえば昔の国鉄のストは嫌だったなという記憶しかない。遵法闘争で電車を遅らせた運転手自身、自分が帰宅する時には「速く走れよ」と思ったというから、どこか無理のあった戦術だったのではないかしら・・・。

 

(肥後おれんじ鉄道ホームページhttp://www.hs-orange.com/kankou/index.htmlより。こういうビジネスを豊かにするには、私たちのライフスタイルも充実させなくては。有給休暇といえば病気の時にしかとらないような働き方ではね。ヨーロッパや北欧のフィンランドのように有給休暇を完全消化しなければならない、それもまとまった形で。夏休みは4週間以上取り、秋休み、スキー休みなどたっぷり休みを取って当たり前という生き方を目指したいもの。政治経済のあり方を変えていこうとしなければ・・・。おれんじ鉄道に働く人々自身が、この列車の旅を楽しめる労働環境にあることを・・・)

13/10/17 Thu 08:24

『ふつうの道にも、近道というのがあるが「金もうけの近道」「出世の近道」というのもある。近道というのは、なんの近道にせよ、これは同じことをするのに、なるたけ手数をはぶこうということです。つまり、トクをしたいという気持ちが、みつけ出したがる道である』(花森安治 週刊読売 1954年 12月19日号)


効果的効率主義


 「効果的効率主義」という考え方を学んだのは40歳を越えてからだが、講演などを頼まれると、未だにこの話で締めくくったりしている。慶応大学の嶋口充輝名誉教授が提唱されていて、当時繊研新聞社が主宰していた業界勉強会「FB懇話会」での講演記録で知って強い影響を受けたからだ。バブル経済で浮き立っていた気分が抜けなかった頃か、急旋回した経済環境にオロオロしていた頃かだ。51K5ifpW+dL__SL500_AA300_.jpgのサムネイル画像
 私が働き始めてから世の中は一貫して効率の良さを追求し、その成果が見事に実るような体験を重ねてきた。大島紬や西陣の紋紙がコンピューターで図案設計されることも、技術革新の流れの中でひたすら素晴らしいことと思い込んでいた。人的なサービスの充実よりPOSなどの管理に目を見張る思いもしていた。が、嶋口氏は効率を重視するのはもちろんだが、効果=その経過と結果が相手にとって喜ばしことかを並列する、さらには優先する発想が大事になると指摘していたのだ。その例として諏訪中央病院が上げられ、私は初めて鎌田實さんを知った。明日にでも閉鎖されそうな町営病院に赴任した若き鎌田氏は、ベッドの高さが気になる。こんなに高ければお年寄りはずり落ちた時に怪我をしてしまうではないかと・・・。そこで調べると戦争中の野戦病院で定まった寸法だったと知る。医者が腰をかがめなくても効率的に聴診器をあて、容態をみるに相応しい高さだったというのだ。で、諏訪中央病院は患者の立場に立ったベッドの高さにする・・・。今日の同病院の切り開いたレベル、鎌田氏の功績はあまねく人々の話題に上がるが、これを読んだ時の私の気持ちは「衝撃」だった。
 私のフィールドとしているファッションビジネスはまさしく効率だけでは成り立ち得ない世界だ。私自身がせっかくそのような仕事環境にあって、世間一般の効率主義で人生観・世界観を立てるのは間違いだし、もったいないぞと思ったのだ。詳しく語る余裕はないが、三宅一生さん、川久保玲さんらの創作も、こうした観点で見ていこうと思ったきっかけでもあった。以来20数年が経つが未だに他者に語れるほどのレベルに至っていない。
 眼鏡業界に対してFBの歴史やノウハウを学んでいただくテキストを書き綴ってきたが、ファッション=繊維業界はもはや基幹産業ではなくなったが、他のどんな業界にも無い優れた特質=効果的効率主義に満ち溢れていたなと改めて感心している。自分が携わってきた業界に誇りが持てるなんて、素敵なことだなぁ・・・と本心思う。

先義後利


 近道はトクをしたい気持ちというのはいささか乱暴だが「急がば回れ」「損して得とれ」「先義後利」など、先人たちも言葉巧みに教えを残してくれているわけで・・・。

 

(「顧客満足型 マーケティングの構図」有斐閣 刊。1990年代に嶋口氏はいくつかの著作で、わかりやすく提案していた。この本は読み返してはいないけれど、今読んでも有益な刺激を与えてくれるだろう)

13/10/10 Thu 08:15

『「ダイジェスト」や「入門」を読むのが、知識人になる"近道"だし、男の子なら野球選手、女の子なら歌うたいに仕立てるのが"近道"、出世の、金をバラまいて、おじぎをするのが、代議士になる"近道"というわけである』(花森安治 週刊読売 1954年 12月19日号)


PHPとリーダーズダイジェスト


 集団就職という形が私の中学生の頃にはまだあった。卒業式が終わると京浜工業地帯あたりに就職する友人を駅で見送るのが日課みたいな風景としてあった。北海道の田舎では中卒で3割、高卒で7割が就職する時代だったと思う。PHP.jpg

 15歳や18歳で立派な納税者になっていたのだから、現在のように25歳くらいまで大学院に属している方も少なくない時代なので税収が減るのもこういう構造から見なけりゃいけないかな。納税もしないで大学生活を謳歌していた私は当時の世の中の構成員としてかなり問題だったかもしれない。脱線ついでに、当時の教科書には京浜工業地帯とか京葉コンビナートなどという用語が「明るい日本の未来」を指し示すイメージで植えつけられていた。やがてすぐに公害が問題になって、教科書を読んで必死に試験問題に正解を答えた営みが、無駄な教養というか、役立たない知識を詰め込んでいたような気分になったものだ。
 さて、集団就職した友人たちがこぞって「PHP」とか「リーダーズダイジェスト」とかいう小冊子を読んでいた、読まされていたという記憶がある。ふたつの冊子は性格は異にするものなのだろうが、世の中の「より良い動き」を感知し、共にその理想に向かって励みましょうというような内容だったはずだ。で、大学で「干物のような学問」に向き合っている私より、彼らがはるかに生物(なまもの)の情報を元に生き、暮らしているような気分になった。カトリック系の大学だったから神父の授業もあって、ナザレの某、パリサイ人の行いについて、こう考えなさいなどという講義を受けている私から見て、只今今日の正しい善行を行いましょう、科学技術の優れた米国の試行から近未来を描きましょうなどという情報の片鱗を得ている彼らとズレを感じ「大学生というのは役に立たない存在だな」と落ち込んだコトもある。
 過去にも書いたが2人の非常勤講師の授業とアルバイト、サークル活動から、私は批判的に物事を見る、考える、つまり多様性、多義性を認めるという勉強をしたことが唯一の「救い」だったと思う。素直な対応を否定するわけではないが、世の中の有り様に他人の導くように諄諄と従っていては生きていけない経験をし続けてきたものだから。焦点の定まらない話になってしまったが、後期高等教育で私たちは何を身につけるのかという問題意識を抱えてきた。少なくとも近道のノウハウを学ぶ場ではないと考えている・・・。


唯々諾々と


 花森さんの指摘する代議士になる近道は21世紀の今日でもリアルに納得できてしまう。ことごとく裏切った民主党政権あるいは一例だがTPPに断固反対を掲げた自民党に政権を委ねたのも「代議士の近道」を私たちが有権者が唯々諾々と承認しているからかも・・・。

 

(「PHP」の体裁は当時とほとんど変わっていない。今でも出版されているのか・・・とある種の感慨にうたれる)

 

 

13/10/03 Thu 08:47

『なにも、だから、トクをしたというのが、わるいと言うのではない。ただ、トクをしたいと思いつめると、かえって損をする仕組みになっているから、あまり、思いつめない方が、いいのではないか、という、ごくごく平凡なことを、言っているだけのことです』(花森安治 週刊読売 1954年 12月19日号)


乱暴に取り立てる国


 若い頃は自分がどれくらいの年収があるかなど振り返ったこともないほどのお粗末な労働者だった。税金がどうの、年金が結構引かれていることの意味もよくわかっていなかった。春闘があり、年度が代わると、それなりに給料があがり喜んでいた程度。gurahu-51.jpg
 私がまだ20歳代だったころ若い世代と、50歳代の方々と給与分配を巡って対立した記憶がある。どんな問題だったのかよくは覚えていないが、退職金の計算に役職手当を入れるか入れないかとか、定期昇給を50数歳から減らす、あるいは無くするというような話だったと思う。「あぁ、労働運動って限りある人件費の取り合いもするものなのか・・・」と感じたことを覚えている。もともと素直ではない私は労働組合にも斜に構えるようになってしまった。「金は天下の回りモノ」とか「宵越しの銭はもたねぇ」という、たぶん江戸庶民のやせ我慢精神が私にも伝わっていて、一方がトクをすると一方がソンをするという仕組みの中で生きるのは、どうにも辛い。経済感覚ではあまりにも幼いことを自覚する。
 消費税が上がることになった。一連の現在の政府の発表を聞いていると特定の対象にのみ、ひたすらトクを与えようと必死になっているとしか思われない。特定の対象が圧倒的に多い庶民ではないことは確か。法人税率は下げたいとか株式投資の免税とか、それら政策があまりにも露骨で本気になって怒りたくなる。怒りたくなるなどと悠長なコトを言っていられない深刻な事態になりつつあるなぁ。
 現行の消費税5%は消費税を導入している148カ国中最低だというデータを示されるが、導入しなくて成り立っている国はたくさんあることは語らない。赤ちゃんのおむつから死人の葬儀費用まであまねく取り立てている乱暴な国などあるのかというデータは見せない。
「税金を払わないヤツは出て行け」とか叫んだ市長がいるそうだが、今日本で暮らす人は外国人観光客を含めてゼロだということを知らないのだろうか。我が家の犬も消費税を払ってドッグフードを食べている立派な納税者だ。税金は「皆で」負担して国の成り立ちを支えているのだから、一方のトクだけを図るような政策は厳しくチェックしていかなければ。経済を解らない私もド真剣に勉強しよう。


お買得は魅力だけれど


 「お得」「お買得」「貴方だけに」「限定」などお得感を打ち出すビジネス。これには私もヨワいし、手法として大いに研究したい。が、花森さんの言うように「思いつめないで」あくまでもゲーム感覚で双方が楽しむというくらいに構えましょう。スタンプ、クーポンなど面白いなぁと興じるが、結局は無くしたり放棄したりという方が少なくないのでは。中途半端な導入で、かえって客の信頼を損なっている例のなんと多いことか・・・。

 

(消費税は世界に比べて低いというデータを掲げられると、なんとなく納得してしまいそうになるが、データの罠に引っかからないようにしたい。この図では税収全体に占める消費税の割合を教えてくれる。もう十分に「国際水準」になっている。これ以上、消費税で国家財政を賄おうというのはムリ筋の話ではないかなぁ。70%の企業が法人税を納めていないとか、輸出企業に戻し減税があるとかに目配りをしたいもの。そもそも財政危機は使い方(支出)にも問題があるわけで、ムダ遣いを止めてバランスを取るという論議も大事。それがいつの間にか消費税を上げなければ財政は大変なことになる!だけの話題になってしまったのは、まったくもってオカシイ。また賃金を上げよと首相は号令をかけるが、見かけ上の金額は上がらなくてもいいから、税金や保険などを減額して、手取り=可処分所得を増やすことも要求したいところだ)

13/09/26 Thu 08:54

『競輪だって、競馬だって、どこのトンチキが、自転車工業振興や、馬匹(ばひつ)改良の思召しをもって、出かけていくものか。みんなトクをしたいと、血相をかえてゆくのである。そして、スッテンテンになって帰ってくる。そういう寸法になっているのである。新党だ、保守合同だ、両社統一だとさわぐのも、つまりは、この際なんとかトクをしたいという、この精神のなせるワザではないか』(花森安治 週刊読売 1954年 12月19日号)


残業する奴は無能!


 私が入社した頃の繊研新聞社というのは残業をすると叱られ、蔑まれる気質に満ち満ちていた。言い方はキツかった。「何だ、新人のクセに余計にやる仕事なんてあるものか」「時間内にデキない奴は無能さを曝け出しているだけだ」「労働時間が終わって社会に役立つようなことが出来ない奴にロクな仕事ができるわけない」・・・。雑誌編集の仕事の性格からいって〆切前などどうしても時間外にコナさなければならない時期は巡ってくるわけで、罪悪感を抱えながら暗くなった職場で校正仕事にあたったりしたものだ。残業は自己申告だったから、記入しなかったり、少なくして残業の後ろめたさを補っていた。新人の私をこのように鍛えてくれた先輩はほとんど鬼籍に入っている。どなたも戦後の混乱期に矛盾に満ちた生き方の渦巻く社会で少年期、青年期を過ごし、多かれ少なかれ労働争議を体験された方々だった。ろくじろう.jpg
 さて労働時間のトクとは何だろう。工場生産型労働では長く働かせると経営者はトクをするという構図だったろう。映画「あぁ野麦峠」で経営者が時計の針を巻き戻すシーンもあったほどだ。残業代を高くさせて労働者がソンだけをしないでトクもできる制度の充実は大切だった。が、21世紀には根底から疑い直してみなければならないだろう。
 経営破綻してしまったがバイオで特に注目された林原では健社長が研究職に仕事がなければサッサと帰宅して家族や地域のために貢献しなさいと促すような気風だったと聞き、私は憧れていた。最近、ゾゾタウンを運営するスタートトゥデイが6時間労働制「ろくじろう」を実行し始めて、注目している。岐阜の未来工業もこれからの働き方に問題提起をしてきた企業だ。時間をかければ効果も効率も上がる技術環境ではなくなったこともあって、長く働くことは必ずしも労使双方にトクをもたらす条件ではなくなった。まずは残業を無くすることが必要だなと考え、過去の繊研新聞の例を思い出した次第だ。


あなたの子を妊りたい


 戦争直後はトクをする側に立たなければ、ソンをするばかりでなく野垂れ死にするほどのシビアさがあったのだろう。高名な文学者や学者が日本語を廃止して、フランス語を採用すべきだと真面目に!論議したり、マッカーサーに対して「あなたが日本の王になってください」とか「あなたの子を妊りたい」という手紙を出した日本人が相当数いたという。集団ヒステリー状態に陥っていたという点を割り引いても、花森さんの言う「トクをしたい」側に立とうとする切実さを感じる。そんな人間の素顔・心根を知り尽くした花森さんの言葉は、2013年の9月に読んでも、今朝!書いた!のではないかと感じさせる。

(ZOZOタウンを成功させてきたスタートトゥデイの6時間労働体制を推進するキャラクター、ろくじろう。いいなぁ、こういう企業文化!同社のメンバーとは事業を始めた頃から面識があるが、とにかく自由で自己裁量を尊ぶ気質に満ちていた感じだ。企業内では、相応の矛盾も課題もあるだろうが、私には素晴らしい企業風土と思わされる。今、にわかにブラック企業が騒ぎ立てられている。もちろん、酷い体質を改めなければならない。私自身が世間一般からブラックと認識されがちな「業界紙」で働いてきたから、中身を知らずにレッテル張りをするのは戒めたいと心している)

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藤田 雅美

藤田 雅美

Masami Fujita

ふじた・まさみ FB企画舎トーガ代表。大学で一応、フランス文学と教育学をカジって、繊維業界の専門紙「繊研新聞社」に入社。呉服からスタートし、FBの周辺情報(芸能、建築、食など)を領域とし、90年代半ばからの裏原宿をはじめとした新興勢力を専門としてきた。編集デスクを務めた後、独立。

クリエーターズ・ブログ 藤田雅美

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