Onitsuka Tiger 日本生れのスポーツブランドの歴史

『装苑』2009年4月号「オニツカタイガーのクラシックモダン」より
photographs : Josui (B.P.B.), Tohru Yuasa (B.P.B.)
1949年、鬼塚喜八郎により設立されたスポーツシューズブランド。オリンピック日本選手団のシューズなどを手がけ、特にその耐久性は世界に認められるブランドだった。1960年代、現在のナイキの前身「ブルーリボンスポーツ」がアメリカでの総代理店を務め、当時ジョギングブームのアメリカで"コルテッツ"(現コルセア)やレスリングシューズがヒット商品となった。1977年、合併により会社名、ブランド名を現在の「アシックス」に改名。オニツカタイガーはファッションユースとして2002年より本格的に復活。当時のオニツカブランドのスタイルをもとに現代に復刻させ人気を博している。
タイガーマークの由来
第1号のバスケットボールシューズを製造した工場の社長のしゃれで靴の裏へ入れたトラマークを、創業者・鬼塚氏が気に入り、トレードマークに。アジアでいちばん強い動物でもあるトラと、鬼塚のオニを合わせると想像もつかない強い動物をイメージさせるということから"オニツカタイガー"ブランドが誕生した。神戸の王子動物園にいたトラがモデルといわれている。
1950年
創業第1号シューズ
バスケットボールシューズ
60年前、製造が最も難しいと
いわれていたのがバスケットボールシューズ。
それを完成させることにより、
様々なジャンルのシューズに展開が
できるであろうという発想で開発された。
1953年
マラソン足袋
日本におけるランニングシューズの原点は足袋。
下駄や草履を裸足で履いていた時代、
ペスト大流行により、感染を防ぐために座敷用の
足袋が屋外で履かれるようになったといわれている。
そこから発想を得て足袋を改良。ひもをつけ、
ラバーソールをつけ完成させた。
1956年
オリンピックタイガー
白、黒がスタンダードカラーだった
バスケットボールシューズに、
鬼塚氏のアイディアで赤いラインを入れ、
大ヒットした。
1959年
マジックランナー
ランナーはまめができることがあたりまえだったころ、
それを回避するため、バイクがエンジンを空冷
することにヒントを得て、サイドに穴をあけ通気性を
よくすることで、まめのできないシューズが完成。
大ヒットした。
1964年
リンバーアップ
現在の人気商品
"メキシコ ミッドランナー"の原型がこれ。
機能から生まれた形状は、
今見ても優れたデザイン。
1966年
レスリング ナイロンAA
ランニングシューズより先に
アメリカでヒットしたのが
レスリングシューズ。
このシューズを作るためだけに、
台湾工場が建設されたほど。
1973年
レイアップ NL
機能性重視のスポーツシューズを
開発していたが、
初めてタウンユースを意識した
カラーバリエーションが登場。
1974年
スノトレ オニック
ランナーの冬の
トレーニング用として開発された。
1972年より冬用のスノーシューズに
オニックというブランド名が
つけられていた。
1978年
コルセア(アメリカのみの販売)
1960年代後半、ナイキの前身、
ブルーリボンスポーツ(当時のアメリカ代理店)の
依頼でアメリカ人用に柔軟なクッション性に改良し
生まれたのが"コルテッツ"。
ブルーリボンスポーツとの契約解消後、
商品名をコルセアとした。
1978年
カリフォルニア
アメリカのジョギングブームが、
数年遅れて日本へ。しかし、日本では
健康のためのランニングが格好悪いとされていた時代。
そのため、夜のランニングが主流となり、
シューズに反射板をつけるなど、
カラフルなシューズへと変化した。
2000年
マラソンシューズ
シドニー大会で金メダルをとった
高橋尚子さんのモデル。
1960年代、日本の代表選手しか
履けなかったという白×赤ラインの
デザインを採用。そして、驚く軽さ!
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