20世紀モードとシルエットの変遷 1900-2000
横田尚美=文 中川清美=イラストレーション


1945年に戦争が終わると、パリではすぐにオートクチュールコレクションが復活し、1947年にはクリスチャン・ディオールがデビューする。贅沢に布を使った女性らしいシルエットのドレスは、戦争でおしゃれ心を忘れかけていた女性に強いインパクトを与えた。
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クリスチャン ディオール |


これ以降1950年代は、パリのオートクチュールが世界のファッションに多大な影響を与える。立体裁断の技術で知られるクリストバル・バレンシアガやオードリー・ヘップバーンの映画衣装で知られるユベール・ド・ジヴァンシーなど、きら星のごとく男性デザイナーが活躍した。彼らは女性の理想像を服で追及し、美しく構築的なシルエットを生み出した。ただし、これらは社会進出した女性には支持されず、引退していたシャネルが戦前同様の着やすい服でカムバック、男性デザイナーも機能的なデイドレスを提供していく。
ディオールがデビュー10年で急逝すると後を継いだイヴ・サンローランが、1958年に台形でウエストをしぼらない若々しいデザインで脚光を浴びる。ロンドンではマリー・クワントが若い女性向けの商品で人気となっていた。
クリストバル・バレンシアガ |
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クリストバル・バレンシアガ |
クリスチャン ディオール |
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戦後復興を果たした1960年代には、技術革新が進み大衆の購買力も高まり、大量生産大量消費が加速される。カラーテレビも登場し、かつてない情報化時代がやってきた。大衆文化が花開き、中でも若者向けのファッションであるミニスカートやTシャツ・ジーンズなど、かつてない自由でユニセックスな服装の時代となる。シンプルな服の流行は、ファッションビジネスの世界でも大量生産大量消費の既製服全盛時代を推し進めた。
ストリートではすでに広まりつつあったミニスカートをアンドレ・クレージュがオートクチュールで初めて発表し、ピエール・カルダンやサンローランは、プレタポルテ(高級既製服)ブランドを開発した。パコ・ラバンヌは金属やプラスチック板で、宇宙的で露出度の高い作品を発表。それらはいずれもウエストを締め付けない単純なシルエットのミニのワンピースである。アメリカではルディ・ガーンライヒが、女性の解放感をアヴァンギャルドな作品で表した。
ベトナム戦争でアメリカの北爆が1965年に始まると、それに反対するヒッピーのライフスタイルが世界の若者に影響を与える。彼らは、アメリカ的、西欧的、キリスト教的な価値観に異議を唱え、さまざまな民族衣装や古着の重ね着、Tシャツにジーンズ、素足にサンダル、伸ばし放題のひげと髪といった反社会的な風体をした。これらはヒッピーファッションとして消費されていく。彼らのドラッグ文化はサイケデリックアートを花開かせ、これもファッションに取り入れられた。エミリオ・プッチの派手なプリント柄も人気だった。
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ピエール・カルダン |
アンドレ・クレージュ |
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パコ・ラバンヌ |













